高校の時に取った微積分クラスのジョフリー先生はちょっと風変わりな人だった。「木につながれた山羊がたどる渦巻きの方程式を求めよ」なんて愉快な問題を出し、優秀なかつての教え子をヒーローのごとく語る。数学者となった著者が先生との30年におよぶ文通を通して、二人の交流と人生をたどる異色のエッセー。
 互いの様子にはまるでふれず、手紙の話題は数学の問題ばかり。「分岐」「カオス」「無限とリミット」等々、そのエレガントな解法について楽しげに書き送る。手紙とともに進んでいく著者の人生は、不思議なほど数学に重なる。医者か数学者か進路の選択に悩み、結婚生活の破綻と混乱、先生が卒中に倒れて、命に限りがあることに初めて気づく―─。平凡な、だからこそとても人間的な心の軌跡が深い共感をよぶ。
 長年の親友でありながら弱さや迷いを見せられずにいた著者は、30年たって、ようやく心の奥を語りあう。二人の会話にじんと胸が熱くなるのは、人を受け入れることが自身の弱さを乗り越えることでもあるからだろう。

週刊朝日 2012年12月14日号