再評価の機運が高まる昭和の写真家・新山清の作品展 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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再評価の機運が高まる昭和の写真家・新山清の作品展

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撮影:新山清

撮影:新山清

昭和の時代に活躍した写真家・新山清さんの作品展「花」が11月3日から東京・目黒のJam photo Galleryで開催される。長男の新山洋一さんに聞いた。

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 1969(昭和44年)5月13日、清さんは突然生涯を終えた。帰宅途中、通り魔に襲われたのだ。

「衝撃的な最後だったんです。あの日、親父は全日写連(※1)の川崎支部に写真を教えに行ってまして、その帰りにJR目黒駅を出た銀行のところで包丁で刺された。即死状態。57歳でした」

(※1 正式名称は全日本写真連盟。朝日新聞社が後援する全国的な写真愛好家団体)
撮影:新山清

撮影:新山清

造形的ではあるけれど感情たっぷりに撮られた作品

 大きな衝撃が志を同じくする写真関係者の間に広がった。そして翌年、清さんの死を惜しむ鈴木八郎、植田正治、田中雅夫、濱谷浩、緑川洋一らが遺作集『木石の詩』(遊学文庫)を出版した。洋一さんによると、印刷には濱谷自らが立ち合ったという。

 濱谷の追悼文には清さんの人柄や写真への向き合い方がよく表れている。長くなるが、引用したい。

<彼はいつ逢っても明るく屈託がなく、ぶっきらぼうに見えて親切で、多くの友人に親しまれていた。そして何よりも写真が好きで好きでたまらない人間だった。彼の死は償うことのできぬ不幸にちがいないが、死の直前までの彼は、好きな写真に生涯をかけて終わったという意味では幸せな人間であったといえる。

 新山さんの遺作展「木石の詩」を見、その後も遺作集の編集進行中に数々の未知の写真に接して私は、彼の写真にある種の運命的なものを感じた。彼は好んで木や石を撮影した。枯れた木や風化した石などの作品が多い。彼がそうした素材そのものに魅せられていたのか、また造形性追求の方法として素材を選んだのか、あるいはその両方が交りあったものか、そのところは私には不明であるけれど、いずれにしてもそれらの写真が非常に日本的な表現になっているのが特徴であった。

 エドワード・ウエストン(※2)の作品にも枯木や石の作品が多い。それは物そのものが即物的に描写されていて偉大な一つの世界を築きあげている。新山さんの作品はそれとは対象的に、造形的ではあるけれど多分に感情移入の感が強い。どちらがよくてどちらが悪いということではなく、そこに新山清さんの特徴があった>

(※2 エドワード・ウエストンは風景のリアリズムと美を追求したアメリカの写真家)

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