木村伊兵衛が春の京都で見た「友禅流し」 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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木村伊兵衛が春の京都で見た「友禅流し」

連載25 木村伊兵衛の「傑作が生まれる瞬間」

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田沼武能dot.#アサヒカメラ
京都・桂川にて(1953<昭和28>年)

京都・桂川にて(1953<昭和28>年)

 スナップは足で稼ぐのだ、と木村伊兵衛はよく言った。私は助手になり、間もなく京都におともした。毎日のように被写体を求めて市内を坦々と歩いていたが、疲れたと言ったことは一度もなかった。人生は出会いと別れのドラマだと思っていたようだ。

 昭和28年4月に京都を訪ね、9日間滞在して、都をどりを始め、芸者衆、太秦の映画撮影所、御所などを撮影している。なかでも多く時間を費やしていたのが、都をどりにかかわる芸者衆と映画撮影所であった。

 今回取り上げている友禅流しの光景は、3本のフィルムの中に数コマずつ写している。友禅を本格的に撮影しようと取り組んだとは思えない。桂川の風物詩として撮影しており、友禅を作る職人は登場せず、造形的風景としてとらえている。木村は京都が自分のライフワークとしてのテーマにならないか、何度も通っている。しかし、観光色が強くなることを嫌い、実現はしなかった。

選・文=田沼武能(たぬま・たけよし)
1929年、東京・浅草生まれ。49年サンニュースフォトス入社と同時に、木村伊兵衛氏に師事。アメリカのタイム・ライフ社との契約を経て72年に独立。日本写真家協会の会長を20年間務め、現在、日本写真著作権協会会長。

※アサヒカメラ2019年6月号より抜粋


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