同志社大学のサイエンスコミュニケーター養成副専攻(SC副専攻)の定例ミーティングで桝太一さんと=2023年2月、同志社大、SC副専攻提供
同志社大学のサイエンスコミュニケーター養成副専攻(SC副専攻)の定例ミーティングで桝太一さんと=2023年2月、同志社大、SC副専攻提供

 日本テレビアナウンサーだった桝太一さんが退社して、京都にある同志社大学ハリス理化学研究所の専任研究所員になるという2022年春のニュースは世間を驚かせた。科学コミュニケーションについて研究したいという理由も意外だった。

【写真】白衣姿でにっこり。30年前の実験の様子

 この転身のきっかけをつくったのが、同大生命医科学部教授の野口範子さんだ。生命科学者として体の中の活性酸素の研究を続けつつ、「サイエンスコミュニケーター養成副専攻(SC副専攻)」を2016年にスタートさせた。「理系の学生にコミュニケーションのノウハウを教えるのではなく、理系と文系の学生が一緒に社会における科学の問題を議論する場を作りたかった」。こんな自らの思いを大学という制約の多い組織の中で実現し、さらに強固なものにしていく、その行動力はどうやって育まれたのだろうか。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

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――桝さんは東京大学大学院農学生命科学研究科を修了して日本テレビに入った方ですが、40歳にして研究者になるという選択には驚きました。誘ったのは野口さんだそうですね。

 はい、そうです。桝さんに年に1度、SC副専攻の講義をしていただいていたんです。それを聴いて、「私と一緒に学生を育ててほしいな」と思った。声をかけたのは、東京にある同志社大のサテライトオフィスから講義していただいたときです。私も東京に行き、終わったあとに「同志社に来て研究しませんか?」と持ち掛けた。「大学院に入ればいいんですか?」と聞かれたので、「お金を払うほうではなく、貰うほうで」と答えました。

 その後、しばらくそのままになっていたのですが、前向きに考えてくださっているとお聞きし、もっともふさわしいポストがないか考えていました。

――大学では要員数が厳格に決まっているのが普通で、ポストは簡単に増やせないですよね?

 そうなんです。ちょうどそのときハリス理化学研究所で任期付きの助教を公募することになったんです。ハリス理化学研究所は京田辺(主に理系の学部があるキャンパス)にある付置研究所で、創立者・新島襄の科学に対する熱意に共鳴した米国の実業家・ハリスさんの寄付によってできた理科学校の伝統を受け継ぐ研究所です。それに桝さんが応募して、書類審査、面接などを経て採用された、というわけです。

――今は一緒に研究されているんですか?

 毎週、桝さん含め4人の担当教員でミーティングをしています。ここで研究テーマについても真剣に議論しています。また、桝さんはSC副専攻のいろいろな授業に参加し、この1月に開いた市民講座「小惑星リュウグウからの手紙~目に見えないモノを読み解く“質量分析”の力~」ではファシリテーターを務めました。私もパネリストとして参加して地下鉄サリン事件や和歌山カレー事件など質量分析が法医学の分野で威力を発揮するお話をしました。

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高橋真理子

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ)/ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネータ―。1956年生まれ。東京大学理学部物理学科卒。40年余勤めた朝日新聞ではほぼ一貫して科学技術や医療の報道に関わった。著書に『重力波発見! 新しい天文学の扉を開く黄金のカギ』(新潮選書)など

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