コーチの須貝さんはこう振り返る。

「健斗には自信をつけることが必要だと思っていたので、幹事を任せました。でも最初は、みんなへの案内を自分の名前で発信することをすごくプレッシャーに感じていたようで、つまらないことばかり心配していましたね」

 たとえば、「バーベキューでは自己紹介はしなくていいので、安心してください」という一文を案内に入れたいと言い張った。「そんなのいらないよ」といくらコーチが言っても、なかなかきかなかったという。

 イベントは大成功だった。準備や気苦労でへとへとになったけれど、参加者からは、「幹事の人がすごく頑張ってくれた」「ありがとう」と声をかけられて、今まで感じたことがなかったような嬉しさがこみあげてきた。

「自分は今、社会の中で生きている」

 久しぶりに、そんな実感をもつことができた。

■自分が選んだからこうなるしかなかった

 現在、健斗さんは再び予備校に通い、大学受験のための勉強をやり直している。過去に2回の挫折を経験したけれど、今度こそ続けられる自信がある。

「以前は集団で授業を受けるスタイルの予備校だったので、隣に人が座っているだけでも怖くて、疲れてしまっていた。今回は個別指導のところなので、周りが気になりません。授業が終わっても、自分で予習や復習をする余裕があるのは初めてです」(健斗さん)。

 実は、3カ月前に父親が再び転勤になり、実家に戻ることになった。「一緒に帰るか、ひとりで残るか」と聞かれて、健斗さんは迷わず残る道を選んだ。

 健斗さんには少しずつ変化が見え始めている。コーチの須貝さんには、健斗さんの成長ぶりがはっきりわかるという。

「最初のころは人と目線を合わせることもできなかったけれど、今はちゃんと目を合わせて会話ができている。何より、明らかに生き生きとしてきました」

 それを確信したのは、卒業生のIさんがサッカーに誘ったときだ。

「誰か一緒にサッカーしない?」

「やりたいです」

 手を挙げた健斗さんに、須貝さんは驚いた。

「過去を消すことはできないし、やってしまったことをなかったことにはできない。傷を抱えながら動き出すしかないんです。動いていくうちに、気がついたら傷がかさぶたになっていて、今の自分を受け入れることができている、というのが理想です」(須貝さん)

 健斗さんに聞いてみた。

「今更だけど、どうして引きこもりになってしまったと思う?」

 健斗さんは言った。

「僕があの進学校を選んだから、こうなるしかなかった。しょうがないことだったと思います」

 答えを聞いて、爽やかな印象が残った。もしかしたら、健斗さんの傷はかさぶたになりつつあるのかもしれない。

「自分の変化を、見てもらいたい。それが今まで迷惑をかけた両親への恩返しだと思っています」

(取材・文/臼井美伸)

臼井美伸(うすい・みのぶ)/長崎県佐世保市出身。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。佐賀県鳥栖市在住。http://40s-style-magazine.com『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)https://www.amazon.co.jp/dp/4594085687/