◆医療情報が氾濫する時代、正しい知識は医師が届ける

 ここ数年の医師の新しいあり方としては、医療情報の発信者としての位置づけも注目されている。

 実際、みずからSNSなどを駆使して情報を発信している医師が増えているが、その草分け的存在なのが、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・部長の勝俣範之医師だ。国立がん研究センターが公開している医療情報の解説記事などにも関わった経験があり、現在は正しい医療情報の見極め方などについてメディアなどで発信する。

 勝俣医師が顧問をしているのが、医療情報サイト「Lumedia(ルメディア)」だ。「信頼できる医療情報」を継続して患者に届けることを目的に、2022年3月にオープンした。同サイトの特徴は、「専門の知見を持った医師による、ガイドライン・エビデンスに基づいた記事の作成」や、「別の専門家医師による、内容の妥当性のチェック(査読)」、そして、「文献の提示」である。

医療情報サイト「ルメディア」の画面。皮膚科、眼科、食事、運動、アレルギー、こども、感染症などのテーマごとに整理されている
医療情報サイト「ルメディア」の画面。皮膚科、眼科、食事、運動、アレルギー、こども、感染症などのテーマごとに整理されている

「この三つを網羅して発信しているメディアはほかにありません。日本初の試みといってもいいでしょう。査読者がいて、文献をつけて、利益相反も出している我々のやり方は、科学雑誌に沿っています」

と勝俣医師は話す。

 そもそも勝俣医師が個人的に医療情報を発信しようと思ったのは、大きく二つの理由から。一つは、インターネットが患者の生活に入り込んできた点。自分や家族の病気について、かつては新聞や雑誌、本などで得ていた情報を、ネットで集めるようになったこと。そこで問題になったのが、記事が玉石混淆(ぎょくせきこんこう)で「エセ情報」も多いことだった。これが二つめの理由だ。

 医師など医療者のような専門知識がない一般の人にとって、その医療情報が正しいかどうかは判別がつかない。自分にとって都合のよい記事を探す傾向もあり、正しいと思って間違った情報を信じることも少なくない。

◆医療はサイエンス バイアスは排除して

「患者さんが間違った情報を受け取ってしまえば、命に関わることもある。発信者が誰であろうと、正確な情報を発信することが大事。本来なら、こうした情報はもっと公的な機関や専門の学会などが発信すべき。実際、欧米ではNCI(米国立がん研究所)などがSNSなどで積極的に情報発信し、患者さんはそうしたところから情報を得ています」(勝俣医師)

 ところが、日本は新型コロナウイルス感染症の一件でもわかるように、最新の医療情報の発信については周回遅れの感が否めず、むしろ医師や研究者個人が積極的に発信している現状がある。さらに、勝俣医師は、「日本の公的機関が発信する医療情報は難しく、差し障りのないわかりにくい文章になっていることが多い」とも指摘する。

「こうした状況だからこそ、僕は若い医師がSNSで情報発信することはすごくいいことだと思っています。それによって患者さんが正しい医療を受けられるからです。若手の医師は『医療情報発信は新しい医療のかたち』と言っていますが、まさにそのとおりです」(同)

 一方で、個人の発信だからこそ注意すべきところもあるという。

「医療情報はサイエンスであり、感情がないもの。科学的事実を個人の考え方で勝手によいほうに解釈したり、反対に悪いほうに解釈したりするのは絶対にダメです。伝えたい思いが強すぎると個人の思いや感情がどうしても入りがちですが、それは排除すべきで、バイアスがかからないような発信を心がけないといけない」(同)

 今は世界中の論文をインターネットで入手できる時代だ。多すぎる情報のなかからどれを取捨選択するか、そのリテラシーも身につけておきたい。

(山内リカ)

藤田医科大学学長 湯澤由紀夫医師 ゆざわ・ゆきお/名古屋大医学部卒。名古屋第一赤十字病院、米ニューヨーク州立大学バッファロー校、藤田保健衛生大医学部などを経て、2021年7月から現職。全国医学部長病院長会議 (AJMC) 顧問。専門は腎臓内科。

日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科教授・部長 勝俣範之医師 かつまた・のりゆき/富山医科薬科大卒。国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長など経て2011年から現職。武蔵小杉病院では腫瘍内科の立ち上げに尽力。専門は内科腫瘍学全般、がん患者とのコミュニケーションなど。

※週刊朝日MOOK「医者と医学部がわかる2023」から抜粋