これらのビジネス戦略で残ったのは、最後に挙げた賃貸業である。デパ地下食品も当たったが、服や宝石とは単価が大きく異なる。特に大丸松坂屋百貨店は確実に利益が出せる「場所貸し」ビジネスをリードするようになった。堅調な業績のGINZA SIX(東京都中央区)がその代表例だ

 もともと委託仕入れ(売れた分だけ仕入れる)は、バイヤーの目利きが薄れるとともに、買い取り仕入れによる売れ残りリスクの大きさがクローズアップされたことから始まった。ただ、委託仕入れとはいえ、一応、商品を仕入れているわけで、それが売れたときに30~45%の場所代が百貨店に入る。

 一方、「賃貸業」であれば、商品が売れようが売れまいが一定の収入が百貨店に毎月入ってくる。委託仕入れも、場所貸しも、売れ残りリスクを負わない、という点では同じだが、場所貸しのほうが商売としては手堅い。ただ、それはもう「小売業」とはいえないだろう。

 そんなわけで、最近の百貨店の業態はメーカーへの「場所貸し百貨店」、もしくは「場所貸しに近い百貨店」(自主編集売り場を除き委託仕入れ・売り上げ仕入れ)になっている。

 バイヤーが買いつけたオリジナリティーのある商品を販売する機能を百貨店が失ったぶん、メーカーが主導権をにぎり、売りたい商品をあらゆる百貨店に並べられるようになった。

メーカーとの水面下の戦い

 ところが最近、メーカーにとって、わざわざ商品を百貨店に置くメリットがなくなってきている。

 都心の百貨店で販売すると、メーカーは最高45%ほどのマージンを百貨店に支払わなければならない。地方の百貨店に対してもマージンは約30%である。しかも、それ以外に店頭で接客する販売員の人件費もかかる。つまり、メーカーは10~20%引きのクーポンをつけたとしてもDTC(Direct-to-Consumer、自社直販)サイトで販売したほうが儲かる。

 もともと呉服店から生まれた百貨店は伝統的にアパレルを収益の柱としてきた。ところが、その販売形態はここ5、6年で大きく変わった。

 昔、服を通販で買うには少し勇気が必要だった。試着せずに購入して失敗したらどうしよう、と思う気持ちがあった。ところが、バブル期以降、海外のファストファッションが日本に進出するにつれて服の単価は下がってきた。通販での買い物に失敗しても、それほど後悔を覚えなくなった。

 最近のネット通販になると服の見せ方が大きく進化し、購入を躊躇することはさらに減った。

 例えば、モデルではなく、一般の人が着たイメージを画面上で確認できたり、購入者の評価や感想が読めたりできる。それらはすべて、ネットで買うのはどうかな、という不安を取り除くための仕組みである。

「売り手と買い手との間で互いの評価が行われ、情報格差がなくなることを、経済学では『情報の非対称性』の解消と呼びます。そのような状態においては、取引マーケットが拡大するのです。いまやネットで服を買うことを躊躇する消費者はほとんどいなくなりました」

 と、高岡教授は言う。

 ただ、今のところ百貨店で服を購入する人はそれなりにいるので、メーカーは露骨に客をDTCサイトに呼び込んでいるわけではない。

 とはいえ、最終的にはすべての客をDTCサイトに引っ張りたい、というのがメーカーの本音なので、呉服系、電鉄系を問わず、百貨店の先行きはどこも厳しい。これまで百貨店の主な客だった中間層が薄くなり、減った客を百貨店とメーカーが水面下で奪い合っているのが現状なのだ。

先祖返りする百貨店

 昔から百貨店の収益で、粗利が大きいのは呉服、宝飾品、美術品の3つだった。ただ、現在は呉服の売り上げは限定的で、そのぶんアパレルに期待がかかっている。

 そのアパレルについては先に書いたような状況だが、まだ数が出るので、それなりに利益がある。美術品はほぼ外商顧客相手の商売だが、節税対策としても使えるので、今でも富裕層は美術品を購入する。宝飾品については最近、インバウンド需要が盛り返している。

 昨年秋、筆者が三越伊勢丹HDに復活しつつある訪日需要について取材すると、こう返ってきた。

「時計や宝飾品、ラグジュアリーブランドやデザイナーズブランドのハンドバッグといったアイテムが好調に売れています。経済的にも余裕のある方が高額品を買い求められていると認識しております」

 百貨店がまだ呉服店だった時代、顧客は金持ちだけだった。そして今、再び百貨店が庶民から離れ、先祖返りしようとしているように感じられる。家族連れで休日の百貨店がにぎわった昭和はすっかり遠くなった。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)