――なぜでしょうか?

 厳しく叱った後、部下と気まずくなるのを恐れ、迎合すれば、その部下は成長しませんし、周囲にも示しがつかない。厳しく叱る勇気がなく、部下の機嫌をとっている上司ばかりでは、会社は伸びていかないのです。

――とはいえ、どんな叱り方でも良いというわけではないと思うのですが?

 私は、叱られる人の人格を傷つけるような叱り方はしていないつもりです。その人がやったこと、仕事に対して、「なぜお前はこういうことをしたんだ。これはこうあるべきではないか」と厳しく叱るわけです。けれども、相手をただけなすようなことはしません。

――具体的には、どんな場合、叱りますか?

 人間的に少し、ねじれた見方をしている部下に対しては厳しく叱ります。突き詰めて考えれば、その人の人間性にいきつく場合は、懇々と諭します。あと、会議で報告された数字を聞き、叱ることも多いです。なぜ売り上げが上がったのか、下がったのか、経費がこれだけかかったのはなぜか、きちんと説明ができず、また問題に対する対策も考えていないようなら、発表者を厳しく注意します。

――稲盛会長がJAL(日本航空)の会長に就任された当初は、よくJALの幹部を叱っていたと聞きましたが?

 当時のJAL幹部は、エリート意識が強く、私の言うことを素直に聞かず、会社経営はこうあるべきだと説いても、何を今更言っているのだと半信半疑の様子でした。日々の会議や打ち合わせでも、「君らは評論家か」「俺は君らの親父かじいさんぐらいの年なんだから、素直に言うことを聞け」とずいぶん叱りましたね。

――それで、JALは変わりましたか?

 毎日毎日、機会をとらえては叱っていたんです。すると、78歳の年寄りが給料ももらわず、必死になって会社を再建している姿が社員の心を動かしてくれたのでしょう。私の考えに納得してくれた人が一人現れると、連鎖反応のように広がっていきました。私が提唱する経営哲学や、「全社員の物心両面の幸福を追求する」という経営理念が一気に会社全体に浸透していきました。JALは確実に変わり始めたのです。

※週刊朝日 2013年10月4日号

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これから必要なのは、このような「足るを知る」生き方