写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ
写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

 NHKの人物ドキュメント番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で出川哲朗を取り上げるというのを聞いたとき、簡単なようでなかなか一筋縄ではいかない難しいテーマではないかと思った。

【写真】リアクション芸の「先輩」上島竜兵さんが残した「山ねこ」のボトル

 番組の基本的な構成は何となく想像できる。リアクション芸人としてテレビに出るようになってから、嫌われ者だった時代を経て、今では国民的な人気者になった。その大逆転の人生ドラマをたどっていくだけでもそれなりに面白い番組にはなりそうだ。

 しかし、厳しい言い方をすれば、それだけではありきたりな内容になってしまう危険性もある。出川哲朗は単体でもうまみの強いおいしい食材だからこそ、調理するディレクターの腕が問われるのだ。

 お笑い好きの立場として言わせてもらうと、この手の番組ではときに芸人が過剰に美化されたり持ち上げられたりして、むずがゆく感じてしまうことがある。今回の番組がそうなっていたら嫌だな、と思っていた。

 いざ蓋を開けてみれば、それは杞憂だった。結論から言うと文句のつけようのないすばらしい番組だった。番組は出川に対する100日間の密着取材を軸に構成されていた。丁寧に取材されているのはもちろん、出川という人物をどう描くべきなのかという問題について、制作者が真摯に向き合い、明確な答えを出している感じがした。

 番組は、出川が風呂場でのロケに挑むシーンから始まる。彼はカメラの前でパンツを脱いで全裸になり、局部だけが映像処理で隠されていた。このファーストシーンから「いいね!」と思った。出川哲朗ってこういうことだよね、という重要な部分をきっちり押さえている。

 番組内で出川は、体を張って過酷なことをするのは本来は嫌だし苦手でもある、と本音を漏らしている。ここはリアクション芸というものの本質を考える上で重要なところである。

 リアクション芸について世間でよく言われるのは「熱湯風呂の前で『押すなよ』と言うのは本当は『押せ』という意味だ。芸人は本気で嫌がっているわけではないのだ」という話である。

 でも、この話は実はそう単純ではない。もともと熱湯に落とされるのは嫌なことである。だから、カメラの前で嫌がっていること自体は本気の中の本気、出川の言葉で言えば「リアルガチ」なのだ。でも、本気で嫌がる姿が面白いんだろうということも理解はしている。そこには複雑なねじれがある。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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最後のシーンは圧巻だった