実は、この番組ではゲストの芸人以外すべての出演者が仕掛け人となって、決められたシナリオを演じている。芸人だけには偽の台本が渡されているため、予想外の展開にうろたえることになる。いわば、大がかりなコントのようなことが行われているのだ。ゲストの芸人は、視聴者の代弁者としてその場にいて、異常な状況にツッコミをいれる役目を果たしている。

 この番組がどういう番組なのか知られていない初期には、戸惑う芸人のリアクションが新鮮だった。番組全体で一丸となってここまで大がかりなドッキリを仕掛けてくるような番組はほとんどないため、百戦錬磨の芸人もどう振る舞えばいいのかわからず、混乱したりしていた。

 番組の存在が徐々に知れ渡ってくると、ゲストとして出る芸人もそれなりの心構えをしてくるようになった。そこからは、その予想を裏切ってさらに意外な展開が起こるように、何重にも手の込んだ企画が行われるようになってきた。この番組でアンタッチャブルの柴田英嗣に対するサプライズ企画として行われた「アンタッチャブル復活劇」はその1つである。

 かくいう私自身も「全力解説員」の一員としてこの番組に出演したことがある。収録現場で実感したのは、有田哲平の芸人としての能力の高さだ。この番組の性質上、仕掛けたことに対してゲストの芸人がどういう反応を返すのかは事前に予想できない。有田は場の空気を読んで臨機応変に対応して、笑いを生み出していた。その頭の回転の速さと瞬発力は驚異的なものだった。

 有田がアドリブで力強く台本にない方向に舵を切った瞬間、私は出演者の1人として表面上は平静を保ちつつも、心の中では興奮を抑え切れなかった。サッカー少年が目の前でメッシのシュートを見たときのような感動があった。

 フジテレビへの入社を希望する学生の中では、制作してみたい番組として『脱力タイムズ』を挙げる人が多いのだという。たしかに、今の時代、ここまで情報性も社会的な意義も一切ない純粋なお笑い番組は珍しい。テレビの笑いに愛着がある人にとってはこの上なく魅力的な番組である。

『脱力タイムズ』という番組の偉大なところは「ブレない」ということだ。番組が始まった当初から、コンセプトが一切ブレていない。細かい企画や演出の面ではブラッシュアップが行われているが、根本にある精神は全く変わっていない。だからこそ、視聴者の根強い支持を得ているのだろう。

『脱力タイムズ』は、芸人としての有田の研ぎ澄まされた笑いのセンスが隅々まで行き渡った上質のお笑い番組である。こういう番組を複数抱えている彼の地位は当分揺らぐことはないだろう。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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