衣装部屋からメイク室に行く時にも前室を通り、「ごめんなさいごめんなさい、あとはメイクを落とすだけですので」

「いえいえ、ホントにどうぞごゆっくり」

 ん? 2人のK氏、まだ顔が「わあ」のまま。鎌倉時代の扮装から私服に戻ったのに。むしろ一段階レベルが上がった「わあ」の表情。

 カツラだな。カツラだ。2人とも時代劇のカツラをそんなに間近で見ることはないだろうから、カツラに対する「わあ」だな。

 そのカツラを外し、メイクも落とし、比企能員から完全に佐藤二朗に戻り、2人の元へ。

「お待たせしました。さ、楽屋の方へ」

 そう言った僕に、2人は「わあ」の表情のまま。むしろキラキラ。夢見る乙女レベルのキラキラ。

 ちょ、君たちはいつまで「わあ」なのだ。

 楽屋に入るなり2人のK氏。

「ずっと2人で話してたんです。わあ、ホントにジャージだあ。わあ、ホントにガラケーだあって」

………そっちか。そっちであったか。そっちでござったか。業種、関係なし。ドラマ、関係なし。鎌倉時代もカツラも関係なし。普段の。等身大の。53歳のオジサンに対する「わあ」であったか。

 どうやら当コラムで53歳のオジサンが幾度となく書いてきた「ジャージ」とか「ガラケー」とかのワードを、2人の担当K氏は「これ、もしかして、多少は、ネタじゃね?」と心のどこかで思っていたのだろう。

 それが会ってみたら、完全にジャージで、完全にジャージって意味がよく分からんが、要するに誰がどう見てもまごうことなきジャージで、ジャージ着てガラケーを握りしめたオジサンが前室の辺りをウロチョロしてるもんだから「わあ」となったらしい。

 2人のK氏と読者諸兄に告ぐ。

 ネタではない。ネタで毎日のようにジャージを着たり、いまだガラケーを維持できるものではない。ネタではなく、ごめん特に思いつかないが、要するに、事実だ。一片の粉飾もない、まるっきりまるごとの事実なのだ。

 俺、大丈夫なのかな、今のままで。

 己を省みている場合ではない。そんな素直な反応をするK氏から素直な反応をするK氏にバトンが渡った当コラムをこれからもどうぞよろしくお願いしたいっす。

■佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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