戦火はウクライナの首都キーウにも及んでいる(gettyimages)
戦火はウクライナの首都キーウにも及んでいる(gettyimages)

 軍事評論家の情報によれば、計画は頓挫し、ロシアはラトビア奪取を諦めたという。

 今回のウクライナ侵攻でも、次にプーチンが侵略するのはラトビアであるとの報道がいくつも流れた。

「プーチンが帝政ロシア時代のように領土拡大を目指すという、ラトビア時代の分析は、そう外れていないとも思います」(多賀元大使)

 そして、今回のウクライナ侵攻は、日本にとっても重い現実を突きつけた。

「日本では、いつか北方領土が返還されると、根拠もないまま楽観的な観測を時の政権が口にしていました。日本は、少なくとも政治レベルではロシア外交の狡猾さを十分には理解していなかった。しかし、民間人の虐殺を重ねても、欲しい土地の奪取に執着するのが、プーチンです。もはや、北方領土の返還など期待できないとの雰囲気が強まったと思います」(多賀元大使)

■領土拡張の野心に満ちたロシア

 興味深い話がある。

 10年ほど前に、駐日ラトビア大使が日本外務省の関係者と話をしていたときのことである。

 多賀元大使によれば、ラトビア大使は、はっきりとこう述べた。

「北方領土が返還されると信じて、それを前提に外交交渉を続けている日本の関係者のナイーブさには、ほとほとあきれる」

 ロシアに国土を奪われ、残酷さ、狡猾さに長年苦しめられてきたラトビアの外交官の言葉には重みがある。

 日本は、敗戦国として連合国、実質的にはアメリカの占領下に置かれた。

「誤解を恐れずに言えば、世界の占領下で行われた虐殺などの歴史を鑑みれば、日本の占領は、異例ともいえる『寛容』な占領でした。さらに、沖縄も平和裏に返還された。これは、世界の歴史を振り返っても極めてまれなことです」

 しかし、いま北方領土を占領しているのは、ロシアだ。歴史を振り返ってもロシアは領土拡張の野心に満ちた国だ。そこに根本的な違いがある、と多賀元大使は見る。

 ウクライナに対して、譲歩や降伏をすべきだといった意見が日本のコメンテーターなどから出た。

「これは、ロシアの本質を知らないがゆえの発言でしょう。ラトビアでは1940年代にロシアの支配に抵抗する体力と知力を持ったインテリ層と富農層が徹底的に排除されました。ある日突然、トランク一個で列車に放り込まれシベリアに連行されたのです。彼らの多くは厳しい寒さのために命を落としました。戦後に日本を占領したのがロシアであったら、日本という国は滅びていた、といまでも思います」 

 ある国が他の国を侵略しようとする陰謀は過去のことではなく、いまこの瞬間にも世界中で渦巻いている、と多賀元大使は考える。

「穏やかな国民性の日本人は性善説に立って考えがちです。ところが、一歩国外に出れば、想像もつかないような非情の世界が待っています」

 2014年と今回のウクライナの危機、そして1918年のラトビア建国以来の艱難辛苦(かんなんしんく)から学ぶことは多いはずだ。

(AERA dot.編集部・永井貴子)