タレントが仕事のために戦略的に立ち回るのが見え透いてしまうと、一部の人からは嫌悪感を持たれたりするが、田中はそのように思われることはなかった。キモいキャラを隠れみのにすることで、賢さがいやらしく見られずに済んだ。

 その後、田中は少しずつ、自分の戦略的な思考を表に出すような仕事を増やしていった。それがコメンテーターであり、賞レースの審査員であり、バラエティ番組で何らかの解説や説教をする仕事である。その積み重ねで実績を作ったことで、彼はついに『呼び出し先生タナカ』のMCにまで上り詰めた。

 実は、田中卓志という芸人の本当の武器は「知性」である。ここで言う知性とは、単に学歴があって勉強が得意で知識があるということだけを意味しているのではない。実際、田中は国立の広島大学を卒業しているインテリ芸人ではあるのだが、学歴がある芸人というのはそこまで珍しくもない。

 単に学歴があるだけではなく、戦略的な思考ができる知性を持っているからこそ、田中は芸能界を生き延びることができたのだ。

 田中の業界内評価が高まっている背景には、時代の変化もある。少し前までは視聴者にはタレントの上っ面の部分しか見られなかったので、見た目が気持ち悪いというキャラが成立していた。

 しかし、今の時代には「容姿イジり」が敬遠されるようになっていて、たとえ芸人であっても見た目を悪く言うこと自体が避けられるようなところがある。

 むしろ、人間の内面的な部分が評価されるようになり、そこが好感度の基準になってきた。ガリガリ体型で薄毛をさらしてよだれを垂らしながらカニのものまねをする芸人よりも、多目的トイレで不倫をする芸人の方がはるかに「キモい」。そういう感覚が一般的になった。

 そんな時代の空気の変化も田中の人気を後押ししている。笑いのためにキモいキャラを引き受けて、それを堂々とやり切る田中は、誰が何と言おうと格好良い。心のイケメン芸人が、ついに栄光への階段を上り始めた。(お笑い評論家・ラリー遠田)

著者プロフィールを見る
ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

ラリー遠田の記事一覧はこちら