夜19時、患者さんからの状況報告。保健所からようやく電話がかかってきた。「今日の時点では入院先の手配ができないので少し待ってください。明日連絡します」とのことだった。

 酸素飽和度89%。熱39度。少し動いても息が切れる状態で、女性は食事がのどを通らず、頑張ってヨーグルトなどを食べています、と。そして少し涙声で、「先生ありがとうございます」「でも頑張ります」とおっしゃった。頑張ってください――思わず声が大きくなる。

 うつぶせ寝を指示し、ステロイドの吸入を指示。これ以上酸素飽和度が下がるようなら構わず救急要請をするように伝える。これで良いのだろうか、今夜もつだろうか、祈る思いで一晩を過ごす。

 金曜日、朝一で患者さんに電話した。酸素飽和度は84%。熱は変わらず。うつぶせ寝。「頑張りました」。その声は弱弱しいが、先生お手数かけてすみませんとも言われた。

 いや、私は何もしてあげられていないのだ。このまま放っておいたら、命にかかわることは間違いない。

 新型コロナウイルスは、急性の感染症である。その場をしのげば必ず元気になれる病気だ。入院さえさせてあげられたら、酸素さえあれば、直ちに命にかかわることはないのに。私の両手の間から、命が零れ落ちていきそうな焦燥感にかられる。

 保健所にすぐ連絡。直ちに救急搬送しないと、自宅療養中に亡くなってしまう、救急車を手配してほしいと伝える。30分後、患者さんから着電。「保健所から入院希望申請リストに載せましたとの連絡がありました。先生ありがとうございます」とおっしゃった。だが、患者さんは、おそらく私が思っているほどには状況がまずいことになっていると気が付いていないのだろう。入院希望リストどころではない、もうこれ以上酸素の低下が進行すれば意識がなくなってしまう状況なのだ。

仕事を抱え込まざるを得ないシステム

 数時間、いや数十分の遅れで手遅れになりかねない。私は自己判断で、患者さんに直ちに救急要請をするように伝えた。少なくとも救急隊が来てくれれば酸素を吸うことができる。時間を稼げれば死亡率は減る。保健所には、患者さんに救急要請を指示したことを伝えた。

 保健所からは、入院先が決まらないで、たらいまわしになるかもしれませんね、と一言くぎを刺されてしまう。そんなことを言われても、一刻を争う状況である。とにかく救急車が来て酸素が吸えれば、何とかなる。その一心である。保健所も一生懸命やっているのだろう。でも、追いついていないのだ。追いついていないのに仕事を抱え込んでいる。抱え込まざるを得ないシステムがある。

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言えて嬉しかった「一言」