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“未来のプロ”が7人在籍も敗退…夏の甲子園、地方大会で消えた「幻の最強校」列伝

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上宮高校時代の薮田安彦 (c)朝日新聞社

上宮高校時代の薮田安彦 (c)朝日新聞社

 高校野球はトーナメントの一本勝負とあって、全国制覇を狙えるほどの強豪でも、地方大会でまさかの敗退を喫することもある。

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 1990年代以降の予選敗退校の中から、「もし甲子園に出ていたら……」と惜しまれる“幻の日本一チーム”をピックアップしてみた。

 のちのプロ野球選手7人を擁しながら、甲子園に届かなかったのが、91年の上宮だ。

 投手陣はエース・薮田安彦(ロッテ-ロイヤルズ-ロッテ)、黒田博樹(広島-ドジャース-ヤンキース-広島)と、後のメジャーリーガー2人が顔を並べる豪華版。

 市原圭(ダイエー-中日-近鉄)から始まる打線も、中村豊(日本ハム-阪神)、久保孝之(ダイエー)の3、4番に、星野仙一氏の甥の5番・筒井壮(中日-阪神)、日本ハムで4番を打った6番・西浦克拓と超高校級の強打者が揃っていた。

 春の大阪大会では、準々決勝でセンバツ出場校の大阪桐蔭を2対1で破り、優勝。夏も2年ぶりの甲子園が期待されたが、大会直前に監督が病気休養するアクシデントに見舞われてしまう。

 急きょ部長が代行を務めたが、準々決勝の金光第一(現金光大阪)戦で、薮田が9回2死からサヨナラ弾を浴び、1対2で敗れた。監督不在も含めて、めぐり合わせの不運もあったが、一本勝負の怖さとしか言いようがない。

 同年の甲子園は大阪桐蔭が初出場初Vを成し遂げているので、実力的に遜色のなかった上宮も、全国制覇を狙える存在だったのは確かだろう。

 西浦、筒井、黒田が残った新チームも、秋の近畿大会で準優勝し、翌春のセンバツ出場を確実視されながら、今度は不祥事による推薦辞退に泣いた。

 94年の広陵も、エース・福原忍(阪神)、4番・二岡智宏(巨人-日本ハム)の投打二枚看板を中心にまとまったハイレベルのチームだった。

 兄が91年にセンバツ優勝した広陵のメンバーだった二岡は、十日市中のチームメイト・福原を「一緒に甲子園に行こう」と誘い、揃って同校に進学。兄同様、日本一を目指した。


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