ところが、ここから「前田さんまで回せ」を合言葉にナインが奇跡を起こす。梵英心が四球、東出輝裕が左前安打でつないだあと、新井貴浩がフルカウントから四球を選び、ついに2死満塁で前田に打席が回ってきた。

「最高の形です。ここで打たんわけにはいかんかった」と気合を込めた前田は、右翼線に糸を引くような2点タイムリーを放ち、見事プロ18年目での快挙を達成する。

「ケガをしてチームの足を引っ張って……。こんな選手を応援していただいて」。前田はスタンドのファンに感謝しながら、声を詰まらせた。

 これまでの言動から、名球会入りも、尊敬する落合が辞退したのと同様、すんなりいかないのでは?の一部憶測もあったが、「こちらからお願いしてでも入れていただきたい。わざわざ金田(正一)さんにお越しいただくのは申し訳ない。こちらから(ブレザーを)いただきに行きたいですよ」。この言葉にホッとさせられたファンも多かったはずだ。

 現役引退後は、解説者として明るい一面も見せている前田。今から思えば、選手時代の強烈な個性は、数々の試練を乗り越えていくなかで創り上げた“前田智徳像”に忠実であろうとした仮の姿だったのかもしれない。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。

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久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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