写真はイメージです(Getty Images)
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 新型コロナウイルスの流行で病床がひっ迫する中、家での看取りを選択するがん患者らの家族が増えている。だが、家に帰ったはいいが、どうすれば患者が安らかに旅立てるのかの予備知識がなく、末期の患者を苦しめかねない多量の点滴を安易に求めてくる例が後を絶たないという。終末期医療に従事する在宅医は、いまだ続く無理解に警鐘を鳴らす。

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「栄養をちゃんと取らせてあげないと母の身体が持ちません。点滴をもっとお願いできませんか」

 今年2月、都内の訪問看護ステーションの女性看護師は、自宅でがん末期の母に付きそう50代の女性から、焦った様子でこう頼まれた。

 女性も健康面で問題を抱えており、母を自宅で看取るという選択肢はもともとなかった。だが、コロナ禍で病院では面会が許されず、「ひとりぼっちの母がかわいそうだ」と、家で看取ろうと考えを変えた。

 がん末期の患者への必要以上の点滴は、患者を苦しめてしまうことは、担当医師がすでに説明していた。母には1日、200ミリリットルの点滴が行われていたが、日に日に痩せていく姿に、慌ててしまったようだ。訪問看護師も改めてリスクを伝えたが、強く言い返された。

「そんな話は聞いていません、母がかわいそうじゃないですか」「あなたは自分の親に同じことをするんですか?」

 暴言に近い言葉まで浴びながら、やりとりを繰り返したという。

 最終的には女性は落ち着きを取り戻して点滴のリスクを理解し、翌月に母を看取った。最後の数日間は、医師のすすめもあり点滴を外した。

 最初から在宅での看取りを決め、こうした知識を得たり心の準備をしてきたりした家族でも、弱っていく患者の変化に耐えきれず、点滴の増量や、どうにかして栄養をつけてあげてほしい、などと突然お願いしてくることは、よくあることだという。

「この女性は、そうした心の準備がなかったうえに、母を家に帰すということだけで精いっぱいになってしまっていました。医師が行った点滴のリスクなどの事前説明は、ほとんど頭に入っていなかったようでした」

 訪問看護師は振り返る。

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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