この日のネクタイはえんじ色のレジメンタル。「手持ちの中で、一番早稲田らしいものを選びました」と根岸さん(写真/木村和敬)
この日のネクタイはえんじ色のレジメンタル。「手持ちの中で、一番早稲田らしいものを選びました」と根岸さん(写真/木村和敬)

 明治安田生命取締役代表執行役社長の根岸秋男さんは早稲田大学理工学部数学科の出身だ。『早稲田理工 by AERA 2021』のOBインタビューで、同社で数理のスペシャリスト“アクチュアリー”を経て、営業の道へ飛び込むという異色の経歴を歩んだ理由、挑戦する力を育んだ学生時代を語ってくれた。

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「大学院に進む人が銀河系の果てまで行かれる人だとすれば、僕は月までもたどり着けなかった人。学問として極めることはできなかったけれども、好きな数学を生かせる道に進みたくて選んだのが、アクチュアリーという仕事でした」

 根岸秋男さんは明治生命(当時)入社時の心境を、そう振り返る。アクチュアリーとは、確率や統計の手法を使って不確定な事象の分析を行う“数理のスペシャリスト”。生命保険会社では、保険料率の算定や収支分析など幅広い業務に携わる。

 アクチュアリーになるための資格試験は難易度が高いことで知られ、二次試験合格までにかかる年数は平均8年といわれている。根岸さんも、6年かけて難関を突破した。

「入社前に思い描いていた通り、アクチュアリーは自分の力を発揮できる仕事でした。大変なこともありましたが、会社からの期待もあったし、活躍する先輩もたくさんいた。日々やりがいを感じながら、働いていました」

■自由な校風が育んだ新境地を切り開く胆力

 だがアクチュアリーとなって13年目、根岸さんは自ら志願して営業という新しい世界に飛び込む。アクチュアリーが営業所長になるという人事は、会社にも前例がなかった。

「アクチュアリー時代、営業部門に提案をしても『現場を知らない』という理由で取り合ってもらえないことがよくありました。こうなったら自ら営業に身を置いて、アクチュアリーとして考えを説明したり、両者の橋渡しをしたりする存在になろう、と。怖いもの知らずな決断だと思われるかもしれませんが、早稲田の自由な校風の下、自分の行動には自分で責任を取るという考えが体にしみ込んでいましたから、意外と腹は据わっていましたよ」

 着任当初は、これまで前例のない経歴の営業所長にとまどっていた営業職員とも、ざっくばらんな対話を重ねる中で少しずつ打ち解けていった。

 営業所長時代にある営業職員から言われた言葉は、今も心に残っている。

「『私たちの仕事を背中越しに見るのではなく、お客様と私たちの間に立って、そこで私たちが何をしているかを見てほしい』と。つい商談が始まった後のことや結果ばかりに注目しがちですが、その段階にたどり着くまでには営業職員の数カ月、場合によっては数年にわたる苦労がある。この言葉を聞いて、ハッとしました」

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