次世代の候補が不在…巨人の“生え抜きスターの系譜”は坂本勇人で途切れる? (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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次世代の候補が不在…巨人の“生え抜きスターの系譜”は坂本勇人で途切れる?

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ともに巨人のスターの系譜を継いだ原辰徳監督(左)と坂本勇人(右) (c)朝日新聞社

ともに巨人のスターの系譜を継いだ原辰徳監督(左)と坂本勇人(右) (c)朝日新聞社

 坂本勇人は現在の巨人を代表するスター選手であり、同時に日本の野球史に残る名プレイヤーでもある。

【写真】「平成で最もカッコいいバッティングフォーム」はこの選手!

 ここ10年以上チームの顔となり、スターの系譜を受け継ぐ選手として存在感を放っているが、気になるのが坂本に続くような選手が、現状では球団内に見つからないことだ。

「我が巨人軍は永久に不滅です」

 終身名誉監督の長嶋茂雄が、74年10月14日の引退セレモニーで残した名言。日本国民にとっての英雄が発した言葉は、半世紀近い時間を経ても未だ色褪せない。

 球界の盟主・巨人には、誰もが認める生え抜きのスーパースターがいつの時代もいた。スポーツという枠を超え、誰もが知る稀有な存在だった。巨人は日本初のプロ野球球団として誕生して以来、長きに渡り球界を牽引している。栄光の歴史の中で名選手を輩出して来たが、その中からは多くのスーパースターが生まれた。

 先述の長嶋と王貞治(現ソフトバンク球団会長)は、日本の歴史上に残る人物と言ってもいいほどのヒーローだった。

 天覧試合でのサヨナラ弾など、走攻守の全てにおいて記憶に残るプレーで見るものを魅了した長嶋。王は通算868本塁打の世界記録保持者で、誠実な人柄は誰からも慕われた。V9時代の象徴であった2人は、球団最高の功労者であり、野球人の模範。高度経済成長時、日本がガムシャラに突き進んでいる中での活躍は、国民の希望のような存在だった。

「チャンスに強い派手な長嶋と世界中で尊敬され続ける王。野球の実力や人間性の素晴らしさと同時に、時代背景も味方した。新聞に加え、テレビが国民の大衆娯楽となりその中心人物だった。活躍は国中に報道され、誰もがファンになった。また2人とも人間性に優れ、ファンを大事にしたのも大きい。現役引退後も監督、球団フロントなどとして活躍。長嶋、王を超える人材は球界から出ていないと言っても過言ではない」(在京テレビ局関係者)

 そして江川卓と原辰徳(現監督)は新しい形の野球選手として輝きを放った。

 江川は高校時代から『怪物』と呼ばれ、大学、浪人を経て野球協約違反すれすれの『空白の1日』で入団。入団時の騒動は国会で取り上げられるほどの社会問題になった。『若大将』原はアマチュア時代から追っかけのファンがいたほどのアイドル。チャンスに弱い、とも言われたが、球団史上4位となる1066試合で4番を任された。80年代の投打の柱は、ファンとともにアンチが多かったのも特徴だ。


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