内田:サッチャーの時代から、イギリス保守党はNHSを目の敵にして、ずっと潰しにかかってきましたからね。ところがジョンソン首相は、自分がコロナに罹ってお世話になったら、急に手のひらを返したように、「NHSのおかげです」と言い始めた(笑)。

岩田:いや~、あれを見て僕は、「日本の政治家も一回はコロナに罹ったほうがいいんじゃないか」とか一瞬考えかけて、慌てて否定しました(笑)。ボリス・ジョンソンを見ていて、やっぱり病気は身を以て体験すると、考えが変わるんだなとつくづくわかりましたね。

内田:僕はボリス・ジョンソンの「変節」は評価しますよ。「君子豹変す」ですから、いいんです。あれで医療政策についての流れが変わると思います。

岩田:国民皆保険が定着している日本の場合は、アメリカと逆の問題があるんですよね。お金を払わないと救急車が呼べないのがアメリカの病理だとすると、「ちょっとお腹が痛いから、救急車でも呼ぼうか」みたいなモラルハザードが起きているのが日本の難点です。国民皆保険による安くてアクセスしやすい医療が、一部の国民の食い物にされている状況があるんです。

 高級スーパーで買い物すると、会計を終えた商品を店員さんが過剰なまでに包装してくれますよね。患者さんのなかには医療も同じように考えている人がいて、「もっとちゃんと包んでくれ」みたいな過剰な要求を医療者にしてくるんです。これまで日本の医療サービスは、水道の蛇口をひねると水が出てくるように、「受けられて当たり前」と思っている人がほとんどでした。でも本当は、そんなに無尽蔵にリソースがあるわけじゃなく、使い倒せばなくなってしまうことを、国民みんなで認識してほしい。医療に関しては日米ともに極端な方向に行き過ぎてしまったので、将来的に変えていく必要があるでしょうね。

※「山中伸弥教授が『阿倍野の犬』と揶揄…日本の研究分野が世界に劣る理由を内田樹と岩田健太郎が斬る」へつづく

■内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』、『日本辺境論』、『日本習合論』、街場シリーズなど多数。

■岩田健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科教授。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』『感染症は実在しない』など多数。