それなのに朝日新聞は、これまでと同じ発想で対処しようとした。朝日の紙面に検証特集記事を掲載し、それだけで対外的な説明は果たしたとする考え方だ。それが今回は通用しなかった--ということになる。

 ただ、急いで付け加えなければならないのは、吉田証言は問題のごく一部に過ぎないということだ。吉田証言が否定されても、ただちに慰安婦問題全体が「うそ」や捏造だったことにはならない。筆者はその後も「慰安婦問題を考える」の題で特集記事を何度も掲載した。慰安婦制度の強制性や元慰安婦らの証言内容を公文書やさまざまな資料で確認する裏付け取材を重ね、韓国における慰安婦と挺身隊の混同をめぐる経緯などについて最新の研究にあたり、詳しい記事を書いてきた。

 もう一つは集団訴訟の顛末だ。右派3グループは、「朝日新聞の慰安婦問題での誤報が国際的に大きな影響を及ぼし、日本や日本人の名誉を傷つけた」などと主張した。安倍政権下で、外務省も国連などの国際会議で同様の発言をするようになっていった。だが一連の集団訴訟について裁判所が確定判決で示した判断は「記事が強制連行・性奴隷説の風聞形成に主要な役割を果たしたと認めるには十分ではない」と認定し、「記事と原告らの被害との間の相当因果関係を認めることはできない」とするものだった。

 2018年2月、集団訴訟がすべて原告側敗訴で確定したのを受け、教訓のためにこれまでの経緯をまとめた詳細な記録を残すべきだと筆者は考えた。訴状や判決などの裁判資料に加え、法廷や集会での原告や右派活動家らの発言を、案件ごとに時系列に並べ、出典を明示する注を800個以上つけたら、550ページもの分量になった。日本現代史のなかで激しい対立が続いてきた慰安婦問題をめぐり、今後参照される資料集の一つになれば、との願いを込めた。(朝日新聞編集委員・北野隆一)

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