【首里城焼失】金閣寺の放火犯は僧だった 過去の文化財火災の原因は? (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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【首里城焼失】金閣寺の放火犯は僧だった 過去の文化財火災の原因は?

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炎を上げて燃える首里城 (c)朝日新聞社

炎を上げて燃える首里城 (c)朝日新聞社

 過失による焼失も多い。1950年に施行された文化財保護法は、1949年1月に法隆寺金堂で国宝の十二面壁画の大半が焼損したことがきっかけだった。この火事は、壁画の模写をしていた作業員が、電気座布団のスイッチを切り忘れたことが原因だった。同年6月には松前城(北海道松前城)も簡易の電気毛布から火が出て、天守閣など2棟が焼損している。1949年に相次いだ火事は、文化財保護の意識を高めるきっかけになった。その後、法隆寺の火災が起きた1月26日は「文化財保護デー」として定められ、全国で防火についての啓発活動が毎年実施されるようになった。

 首里城の火災は、正殿から火が出たとみられている。過去に火災にあった金閣寺や松山城などは、再建されて再び地域のシンボルになっている。那覇市の城間幹子市長は31日午前の会見で、「早い段階で再建されるとありがたい」と述べた。再建のためには、このような悲劇が二度と起こらないよう、出火と延焼が止められなかった原因について徹底的な検証が求められる。(AERA dot.編集部取材班)


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