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「株式会社竹内まりや」を分析する夫・達郎がすごかった

連載「あの人ってば。」

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矢部万紀子dot.#矢部万紀子
デビュー40周年。竹内まりや (c)朝日新聞社

デビュー40周年。竹内まりや (c)朝日新聞社

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ、横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ、横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』

 古い話で恐縮だが、1994年に週刊誌に記事を書いた。テーマは「変わるフランス料理店」だったのだが、こんなふうに書き始めている。

【写真】え、これが山下達郎なの?

<ある昼下がり、麻布の店で竹内まりやさんに会った。「とてもおいしかったわ」という声まで聞いた。やったね。やっぱりフランス料理っていいかも。>

 もう時効だと思うので書いてしまうのだが、河合奈保子さんが一緒だった。正確には西麻布にある有名店で、シェフに取材に行ったらちょうど2人がランチを終えるところだったのだ。窓際に座る2人のきれいなシルエットが今でも記憶に残っている。

 8月の終わり、朝日新聞に竹内さんのインタビューが連載された。その中で竹内さんは、河合さんのことを話していた。「けんかをやめて」を提供し、「歌手と作曲家というそのときの出会いから友人としてのおつきあいに発展して、今でもメールをやりとりしています」とあった。私が西麻布で見た2人は、まさに「友人同士」だった。そっかー、今でもやりとりがあるんだなー。と、しみじみ。

 竹内さんは1955年生まれ。今年64歳になる。私が高校生のときにデビューし、以来ずっと活躍している。カラオケでは、よく竹内さんの曲を歌った。代表曲のひとつ「元気を出して」は失恋した友だちを励ます歌だが、「す、こ、し、やせた、その、かーらだに、似合う服をさがしーてー」という歌詞に「失恋したら、せめてやせないとダメだよねー」と女同士笑いあったのは、アラサーの頃だったか。

「竹内さんの思い出」2連発になってしまった。この夏から秋にかけて、竹内さんの露出が急増したからで、有り体に言うならばデビュー40周年記念アルバム「Turntable」の宣伝だった。思い出いっぱいだから、喜んで追いかけた。先ほど触れた朝日新聞のインタビューも読み、NHKで放送された「竹内まりや Music&Life~40年をめぐる旅」も見た。

 3月にオンエアされ、「11年ぶりのテレビ出演」で話題になった特番の完全版だそうだ。私は9月7日に見たのだが30日にも再放送されていたから、高視聴率だったのだろう。竹内さんの40年を40の楽曲とインタビューで振り返っていた。


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