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“ラスボス”小林幸子 常識覆してきた歌手生活55年

連載「芸能界閻魔帳」

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三杉武dot.
2015年、紅白歌合戦での小林幸子 (c)朝日新聞社

2015年、紅白歌合戦での小林幸子 (c)朝日新聞社

 それと同時に、「面白そう!」という前向きなチャレンジスピリットこそ、まさに歌手生活55年を支えた「幸子イズム」の原点なんだと改めて感じた。

 その“攻めのスタイル”は、何も近年のコミケへの参加やニコニコ動画への投稿、『ボカロ曲』に始まったことではないからだ。

小林といえば、97年から「ポケットモンスター」シリーズのテレビ版や劇場版のエンディング主題歌に参加しているが、他にも映画ファンの間でも名作の呼び声が高い「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」(01年公開)のエンディング主題歌を歌うなど、「アニソン」との縁も古い。


■常識を覆してきたキャリア

 振り返れば、83年には米ロサンゼルス、ブラジルでの海外公演を開催、94年には女優として映画「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」に出演、99年には覆面歌手「Satchomo(サッチョモ)」として「アイフル」のCMソング「お地蔵サンバ」を発表、01年には福岡・博多座で女性歌手初の座長公演を上演、03年には歌手・美川憲一とともにパチンコ機種「華王」のキャラクターを務め、15年には「ニコニコ超会議2015」でプロレスデビューするなど、その挑戦は枚挙にいとまがない。

 今でこそ、大物アーティストが海外公演を行ったり、「アニソン」やCMソングを歌ったり、パチンコ台とタイアップしたりするのは至極当たり前となっているが、そうした“常識”が希薄だった時代、他のアーティストに先駆けて “常識”を覆してきたのが小林なのだ。

25歳の時にリリースし、再ブレークのキッカケとなった「おもいで酒」で70年代では異例のWミリオンを達成するなど、類まれるなる実績やキャリアを誇りながら、過去の栄光に捉われず、常にポジティブに未知の領域にもチャレンジし続ける。

 こうした「幸子イズム」が、歌手生活55周年を迎えた今なお現役バリバリの歌い手として世代を超えた支持される要因なのだろう。

 もっとも、当の小林本人にそうした思いをぶつけても、「元々の性格なんですよ。単純に楽しんでいるだけなんです。『自分はこうでなくてはいけない』とか、『演歌を何年も歌っているんだから』とか…、そういうことを考えるよりも、『人生楽まなきゃ!』って。自分の許容量を超えていくというか、色んなことをやらせて頂くのは楽しいですしね」


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