それにしても、なぜ人間は犬の顔に人面を当てはめるのか。そこには犬に秘められた霊性があるのではないだろうか。犬は安産の象徴とみなされ、明治の頃まで張り子の犬が妊婦の枕元に置かれることが一般的であった。また、山犬の類になるのだが、東京の西多摩から秩父にかけては「お犬様」の信仰が盛んであった。その証拠に今でも、軒先に「お犬様」のお札を貼っている民家が多数存在する。青梅では道に迷った日本武尊を二匹の犬が案内したと伝承されている。我々日本人は犬に対して、潜在的に畏怖心を抱いている民族なのかもしれない。

 また、生物学的にも我々人間は何かと人面を見出してしまう習性がある。「シミュラクラ現象」というものであり、3つの点が確認できる場合、「2つの目と口」と判断してしまい、人面とみなしてしまう人間の習性である。やたらと写真を見ては「心霊写真だ!」「幽霊が撮影された!」と騒ぐ人物が時々いるが、それらは大概が「シミュラクラ現象」でも説明がつく。だが、これらの現象に陥りやすい人物は蒙昧な人物というわけではない。太古の昔、我々人類は捕食者である肉食獣を警戒していたため、常に肉食獣の顔と思える3点を探していた。その遠い記憶が「シミュラクラ現象」につながった可能性がある。

 繁華街でゴミを漁っている犬に、中年男性や初老の男の顔を幻視した我々現代人は、ひ弱な存在に成り下ってしまった男性の悲哀と悲しみを犬にオーバーラップしたのであろうか。「ほっといてくれ」と言い放った「人面犬」のセリフに男の悲しいダンディズムを見たような気がする。「人面犬」は現代の男性の負の部分が具現化した妖怪なのだ。

【著者プロフィール】
山口敏太郎/1966年徳島県生まれ。神奈川大学卒業、放送大学12で修士号を取得。1996年学研ムーミステリー大賞にて優秀作品賞受賞。著書に「人生で大切なことはオカルトとプロレスが教えてくれた」「マンガ・アニメ都市伝説」「ミステリー・ボックス―コレが都市伝説の超決定版!」「都市伝説学者山口敏太郎」など。オカルト研究家としてテレビ、ラジオなどで活躍中