二塁に、同点の走者がいる。シングルヒットで本塁へ行かせないためには、一歩でもリードを小さくさせたい。巧みな投手なら、二塁方向へクビを向け、すかさず戻して投球モーションに入ったりすることで、走者の動きを狂わせたりもできる。

 ところが池村は、狭間監督の目には、そうした細かい動きが取れなかったように映ったのだ。投球の際には、必ずいったん、本塁を見る。つまり、首の動きが落ち着いて、視線が二塁方向に来なくなった時には、けん制は絶対に来ないのだ。

「よう走ってくれましたわ」と狭間監督。窪田は5球目に三盗を見事に決めた。

 これで、1死三塁のシチュエーションができた。カウントは3ボール2ストライク。ここで、狭間監督が出したサインは「エンドラン」だった。

 つまり、打つと同時に走れ──。いわゆる「ギャンブルスタート」という意味合いだ。

 この場面なら、シングルヒットはもちろん、犠飛、スクイズ、さらには内野ゴロ、相手の失策。いろいろな形で得点が入りやすくなる。暴投でも失点となると、投手は落ちる変化球も投げづらくなる。

 四球を許すと、逆転のランナーとなる。だから、バッテリーにすれば、ストライクをどうしても、取りにいかなければならない。犠飛とヒットを避けたい。すると、投手は高め厳禁となる。

 一方、攻撃側にすれば、低めを無理にすくい上げて外野フライを狙いに行くのは、高校生レベルでは、なかなか容易なことではない。低めが想定されるのなら、ゴロを打つ。それがレベルに応じた要求でもあるだろう。

 カウント3―2だから「スクイズ失敗なら三振。でも、打って、ファウルならもう一回ですから」と清水。だから「エンドランのサインが出るだろうなと思っていました」。まさしく、以心伝心である。

 池村の6球目は、135キロの外角高めのストレート。「当てたらいい。だから、押し出しました」。清水の技術の高さはもちろん、この場面でやるべきことがいかに明石商で統一され、徹底されているかの証明だった。

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「全員がバントを決める」明石商