プロ注目のエース・黒田真二を擁し、春夏連覇を狙うチームに激震が走ったのが、初戦の東海大四戦の当日。黒田が風邪で39度の高熱を発し、登板を回避せざるを得なくなったのだ。

 急きょ背番号10の和気良衛が先発したが、前日の打撃練習で約300球を投げ込んだとあって、3回までが限界。背に腹は代えられず、解熱剤を注射して37度まで下がった黒田が4回からリリーフするも、5回終了後、39度4分に上がり、ドクターストップがかかった。

 そして、6対1とリードした6回からマウンドに上がったのは、一塁手の兼光雅之だった。投手経験は「練習試合で数イニングを投げた。いつだったか覚えていない」程度。

「とにかくストライクを取ろうと、真ん中に投げた」と開き直り、この回はなんとか無失点に抑えたが、7回に3四球で満塁のピンチを招いたあと、押し出し四球と長打、エラーで4点を失い、1点差まで追い上げられた。

 10対5と再びリードを広げた9回にも3安打で3点を失い、なおも2死満塁で右翼線に長打性の当たりが飛ぶ。右翼手のダイビングキャッチも30センチ及ばず、一塁塁審は「フェア!」をコール。「逆転された!」と観念した直後、優先権のある線審のファウル判定に救われた。

 そして、カウント2-2から打ち気にはやった打者が高めのボール球を空振りし、10対8でゲームセット。この瞬間、兼光は顔をクシャクシャに歪めて安堵の表情を見せた。「投手の苦しみがやっとわかった。うれしいと言うより、やっと終わったという気持ちだった」。今もコアな高校野球ファンの間で“伝説の急造投手”として語り継がれている。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2018」上・下巻(野球文明叢書)。

著者プロフィールを見る
久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

久保田龍雄の記事一覧はこちら