たくさんの夢を背負って走ったディープインパクト (c)朝日新聞社
たくさんの夢を背負って走ったディープインパクト (c)朝日新聞社

「走っているというより、飛んでいる感じなんでね」

【牡馬編】平成の最強馬」はどの馬だ? 

 数々の名馬に跨ってきた武豊騎手にこう言わしめた日本競馬の至宝、ディープインパクトが30日に死んだ。頸椎の骨折が見つかり、回復の見込みがない故の安楽死処置だった。この知らせに競馬関係者は大きな衝撃を受け、動揺を隠せないでいる。というのもディープは過去に活躍した馬というのみならず、今なおトップを走り続けている「現役」の馬だったからだ。

 競走馬時代のディープの走りはまさに「飛んでいる」ようだった。2004年、武騎手を背にデビューしたディープは新馬戦やステップレースを快勝し、圧倒的人気を背負いながら無敗のままダービーを勝利した。秋の菊花賞も勝ち、1984年のシンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬となる。届かないような後方から追走し、直線では大外から次元の違うスピードであっという間に抜き去り、大差をつけてゴール板を駆け抜けていく様は「飛んでいる」という表現にふさわしい走りだった。すべてのレースに武騎手が騎乗し14戦12勝、国内で負けたのは2着だった05年の有馬記念のみという、国内ではまさに敵なしの成績を残して現役生活を終えた。

 種牡馬になってからもディープの伝説は続いた。競走馬としては小柄な部類の440キロ前後の馬格だったこともあり「種牡馬としては成功しないのでは」と心配の声も出たが、フタを開けてみれば杞憂そのもの、産駒の獲得賞金は7年連続で種牡馬のトップを走り続けた。

 19年度も快進撃は続き、3位のステイゴールド、2位のハーツクライが獲得賞金18億円台なのに対し、ダブルスコア以上の43億円を稼ぎ出してトップの座に着いていた(7月28日現在)。今年のダービーもディープ産駒のロジャーバローズが勝ったように、G1などの大レースでもめっぽう強く、八大競走と言われる桜花賞、皐月賞、オークス、ダービー、菊花賞、天皇賞春・秋、有馬記念のすべてで勝利。ディープの父親であるサンデーサイレンスはアメリカ産の馬で、種牡馬として日本に輸入された90年代に日本の競馬界の勢力を次々と塗り替えるほど勝ち星を挙げたが、02年に死亡。ディープは国内生産馬のトップ種牡馬として父親の偉業を引き継ぎ、日本の競馬界の未来を一手に担い続けてきた。

 体調悪化の予兆は今年3月にあった。例年200頭前後行われていた種付けを2月からスタートするも、首の痛みを理由に3月で中断、種付けできたのは20頭前後だった。ディープの異変を感じさせるニュースが流れ、体調を心配する声も挙がっていた矢先の「訃報」だった。種付け料は1頭につき4000万円。少なく見積もっても年間80億円以上が失われたことになる。

 04年のデビュー以来、ディープは今日まで休みなく飛び続けてきた。翼を下ろしたその姿を、今は静かに偲びたい。(文/白石義行)