小屋浦駅付近の車窓には、対岸の江田島の山並みを背景にした瀬戸内海が広がる。トンネルでは蒸気機関車(SL)の煙を避けるために窓を閉める、懐かしい姿も描かれている。

 特徴的だったのは、列車が呉に近づくと、窓のよろい戸を閉めて周囲の様子を見られないように、憲兵らが巡回・確認していくシーン。当時、呉海軍工廠(こうしょう)の船渠(せんきょ=ドック)では、“秘密兵器”である戦艦大和の建造が進められていた。その防諜(ぼうちょう)のためである。大和の完成後も、目隠し板はそのままだったという。

 すずさんたちが乗る列車の走行シーンもあった。新宮トンネルを抜けたあたりの線路沿いに、車内から港を見通せないように設けられた“目隠し板”が連なっている。川原石駅で下車して吉浦方面に歩いてみたところ、いまも支柱のコンクリート製台座がいくつか確認できる。

 戦後、駅舎内部が破壊されたため、仮設のきっぷ売り場が設けられていた状態の広島駅も描かれた。呉へと戻るすずさんと夫の周作たちが乗った、D52形らしいSLが引く旅客列車の走行シーンでは、目隠し板が外されているのが印象的だ。

■「鐡道省」の銘板が残る映画と同じ姿の跨道橋

 すずさんが北條家に嫁ぐ際に浦野一家が乗り込んだ列車は、呉駅の1番のりばに到着している。客車は手前がダブルルーフ(明り取りの付いた二重屋根)、奥がシングルルーフに描き分けられている。

 呉駅は1981年の4代目駅舎橋上化で1番のりばが改築されたため、むしろ2・3番のりばホームのほうが、当時の面影をより残している。ただし電車は、ステンレス車体に赤帯の227系電車が多くを占めるようになった。

 映画には、れんが造りの重厚な2代目呉駅舎も描かれている。45年7月1日から2日にかけての呉空襲で焼失した。2代目中央部の時計台のイメージが、4代目駅舎のデザインに取り入れられている。

 呉では、1967年に全線が廃止された呉市電の姿も描かれている。09年に呉電気鉄道として開業した古い路線で、広島電鉄より3年早い。42年に旧帝国海軍の要請で市に買収されるまでは、芸南電気軌道により運行されていた。

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唯一現存する、呉市電の車両