元巨人の大投手にとってはプロの原点、“翔んでる”埼玉が誇る野球の聖地 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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元巨人の大投手にとってはプロの原点、“翔んでる”埼玉が誇る野球の聖地

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山岡則夫dot.
県営大宮公園野球場 (c)朝日新聞社

県営大宮公園野球場 (c)朝日新聞社

 東京・関東一高出身の楽天・オコエ瑠偉からは、自宅がある昭島市に近い球場の記憶が出てきた。 

「プロに入ってから使った印象しかない。まぁ、自分が育った神奈川には保土ヶ谷球場がある。横浜スタジアムとともに、そっちの思い出が強過ぎる」 

 神奈川・桐光学園出身の楽天・松井裕樹。全国的に有名な地元球場のインパクトが強過ぎるのだろう。

 ご当地、埼玉出身選手はどうだろう。ソフトバンク・上林誠知は語る。

「高校は仙台なので、大宮は試合よりスタンドから見た記憶が強い。小学生の頃とか高校野球を見た。そういう意味では埼玉高校野球の聖地かもしれないですね」 

ーー大投手にとって忘れられない大宮球場。

 大宮球場に強い想いを抱いているのは、埼玉・市立川口高出身、元巨人の大エース斎藤雅樹氏。

「市営じゃなくて県営の方、大きい方の大宮球場だよね」

 大宮には県営と市営の2つの球場が存在する。どちらも高校野球で使われるため、その確認から話は始まった。

「プロ1年目、上手から横手に本格的に変えて投げたのが、大宮での二軍戦。夏前くらいに変えて、凱旋試合ということで首脳陣の指示もあり、大宮に向けて調整させられた。だから僕のプロ生活原点とも言える」

 83年9月10日のイースタン・対西武戦、8回を投げ4安打、自責点1に抑えたこの試合でサイドスローに自信を持ったという。ここから沢村賞3度、11連続完投勝利などを記録する大投手になっていった、と言うのも過言ではないだろう。

「高校時代には場外本塁打も打った。とにかく球場が狭かったイメージがある。特に中堅が狭かった」

 84年8月28日の横浜大洋戦(後楽園)では、一軍でサヨナラ安打を放った斎藤。高校時代から自信を持っていた打撃のことも覚えている。ちなみに80年代から行われた球場改修前までは、公称で両翼90M、中堅105Mであった。

ーーうますぎて、翔んでる、大宮球場。 

「うまい、うますぎる」

 埼玉のローカルフード、十万石まんじゅう、のCMだ。かつてAKB48在籍時、埼玉出身の 小嶋陽菜さんがライブ時に盛り上げるネタにしていたセリフ。しかし埼玉出身者以外は誰も知らずに、リアクションに困ってしまう。大宮球場に感じる旨みや良さは、そういったある種、自虐的とも言えるノリなのかもしれない。


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