<細川首相の「侵略戦争」発言や、連立政権の「戦争責任の謝罪表明」の意図等に見る如く、戦争に対する反省の名のもとに、一方的な、自虐的な史観の横行は看過できない。われわれは、公正な史実に基づく日本人自身の歴史観の確立が緊急の課題と確信する。>(歴史・検討委員会編『大東亜戦争の総括』展転社、1995年)

 日本の歴史認識は「占領政策と左翼偏向に基づく教育」によって不当に歪められている。こんなことでは子供たちが自国の歴史に誇りを持つことができない。戦後の教育は「間違っていると言わなければならない」。「一方的に日本を断罪し、自虐的な歴史認識を押しつけるに至っては、犯罪的行為と言っても過言ではない」(「 」内は前掲書)。

 このような右派的歴史観を強調する委員会に、新人議員の安倍晋三は参加した。

 安倍晋三の歴史認識は、この野党時代に歴史・検討委員会に参加する過程で構成されていったと見ていいだろう。晋三の発言が記録されているのは、1994年4月21日に開催された第9回委員会のもので、天皇陛下が真珠湾攻撃の慰霊施設・アリゾナ記念館での献花を予定していることへの不満を述べている。そして天皇陛下の行動が、細川首相の「侵略発言」からの「一連の流れ」の中で位置づけられているのではないかと懸念を示している。彼が急速に右派的価値観に傾斜している様子がうかがえる。

 その後、1997年に中川昭一が代表を務める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が発足し、晋三は事務局長に就任する。彼の右派的歴史認識は、決定的なものになっていった。

 本書は、安倍晋三のルーツを丹念に探り、関係者への取材を重ねることで、その思想の軽薄さを明示することに成功している。父の呪縛から解放された時、その存在に反発するようにして接近したのが右派イデオロギーだったことが明かされている。関係者の生の声が記録されている点を含め、本書の功績は大きい。

 しかし問題は、そんな「悲しいまでに凡庸」な人物が、長年にわたって日本政治の頂点に君臨し、この国の姿を変容させているという現実である。この逆説をどう解くかは、青木が世の中に投げかけた課題であろう。

 安倍晋三という政治家は、今後、様々な形で論じられ、歴史的に検証されていく。その際、本書は欠かすことのできない一冊として意味を持ち続けるに違いない。(文 /中島岳志・東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授)