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絶好調のナイナイ・岡村隆史が「真面目すぎる」弱点を克服するまで

連載「道理で笑える ラリー遠田」

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岡村隆史 (c)朝日新聞社

岡村隆史 (c)朝日新聞社

 この本では、岡村が養成所時代から現在までをどのように過ごしてきたかが赤裸々に語られている。印象に残るのは、岡村が人一倍真面目であり、戦略的でもあったということだ。養成所時代にも、数多くいる同級生の中からどうすれば一番目立てるのかということを真剣に考えて、それを実践していた。

 無名の頃に若手芸人の登竜門と言われる「ABCお笑い新人グランプリ(現・ABCお笑いグランプリ)」に挑戦したときには、審査員の好みに合わせてネタを作り込み、ほかの出場者との差別化のためにあえてスーツを着て漫才を演じた。この作戦が功を奏して、ナインティナインは雨上がり決死隊、FUJIWARAといった先輩芸人を抑えて優勝を果たした。

 ナインティナインがお笑いダンスユニット「吉本印天然素材」に加入した当時は、メンバーの中でも人気や知名度がなかった。そこで岡村は目立つためにコンビでネタをやるときにはあえて動きの少ないネタを演じた。ほかのメンバーが動きの多いネタをやっていたため、あえてその逆を選んだのだ。ナインティナインの人気はうなぎ上りになり、彼らはいち早く吉本印天然存在を脱退して、スターへの道を歩み始めた。

 真面目さを武器にして、目の前の課題をひとつひとつクリアしながら岡村は成長してきた。だが、ある時期からその真面目さが岡村自身を苦しめるようになった。自分で企画した一人舞台の台本がどうしても書けず、心身の疲労がピークに達して、岡村は無期限休養に入ってしまった。『めちゃイケ』『ぐるナイ』を含む全レギュラー番組を休業する異例の事態だった。

 その後、岡村は復活した。これを機に彼は生まれ変わった。過剰な真面目さが自分を追い詰めていたことに気付き、無理をしなくなった。それまでは休みの日にも一日中家にいることが多かったのだが、今は意識して外に出て、友人と遊んだり旅行に出かけたりしているという。

 そうやって公私ともに充実したことで、リラックスした気分で仕事ができるようになり、自然体の魅力が出てきた。それが今の岡村の好調につながっているのだろう。誰よりも真面目だった岡村は、「真面目すぎる」という唯一の欠点を克服して、芸人としてさらなる高みに達したのである。(ラリー遠田)


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ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・ライター、お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。近著は『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)。http://owa-writer.com/

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