雙葉、東洋英和、品女、JK制服の昭和~平成で激変した勢力図とは? セーラー服、ジャンスカが今は…  (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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雙葉、東洋英和、品女、JK制服の昭和~平成で激変した勢力図とは? セーラー服、ジャンスカが今は… 

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小林幸帆dot.
1983(昭和58)年の制服トレンド。中央はセーラー最高傑作ともいえる東京女学館の白いセーラー服(c)森伸之
>>コギャル全盛期1996年のトレンドはこちら

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コギャル全盛期の1996年。足元は“スーパールーズ”(c)森伸之
>>2018年のトレンドはどうなった?

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JK着こなし最新版(c)森伸之

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1985年に出版されるとロングセラーになった「東京女子高制服図鑑」(c)森伸之

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 それが生まれ変わるきっかけになったのが、頌栄女子学院のセーラー服からのデザイン一新だ。同校のパンフレットによると創立100年の1984年に変更。「ブレザーとタータンチェックのスカートを日本で初めて正式に制服として採用」とある。「伝統的なイギリスのキルトスカート」は、地味な単色が支配していた制服界に抜群の破壊力を発揮。同様のパターンを投入する学校が続々と現れた。

 似たようなスタイルに収束されていく過程で、一つのカテゴリーを築いていたのが有名デザイナーによる制服。しかし、「〇×デザイン」と派手なデビューを飾るも、残念ながらその多くが短命に終わっている。

 森さんは理由をこう分析する。「当時はバブルに突っ込んでいたので、有名デザイナーに制服を作ってもらって学校をアピールしようという目論見があり、80年代後半からデザイナーズブランドの制服が増えた。その多くはデザイナーの特色を押し出した個性の強い制服だった。ところが目立ち過ぎるし、生徒には『着こなしにくい』とウケがあまり良くなく、制服単価も高かったことでブームは90年代半ばには終息していった」。確かにデザイナーのアピールに余念のない制服だった記憶しかない。
 
 はみ出してはいけない流れを加速させたのが、団塊ジュニア後を見据えた生徒獲得競争だ。森さんは、「デザイナーズブランドに懲りた学校は、トレンドに沿って大人しめのデザインにした。少子化が進む中、制服を変えようとなると、目立つものよりも嫌われないものを考えないといけない」と指摘する。今でもデザイナーズ制服を採用している学校は少なくないが、定番スタイルにぐっと寄せてきている。

■殿堂入りは、あの国民的アイドルも着ていた制服
 
『東京女子高制服図鑑』によると、「ブラウス」スタイルがシェア1位になったのは1990(平成2)年のこと。今や天下を取ったも同然のデザインだが、どれも同じに見えるのは気のせいではないはず。

 森さんも、「今の制服はそこそこかわいくて当たり前。制服選びで失敗することはまずない。デザインの底上げはされたが、代償として個性がなくなったのはやはりつまらない」と残念がる。
 
 そんな横並びの時代になっても高い支持を集めるのが品川女子学院だ。人気絶頂期の広末涼子が通っていたことでも知られる同校は、制服リニューアルの大成功例として挙げられことも多い。

 1960年創刊と最も長い歴史を持つ晶文社『高校受験案内』を見ると、変更した1990年の前後で合格基準偏差値はなんと15以上もアップ。もちろん制服は一つのきっかけに過ぎず、校名変更や特進コース設置など教育内容が受け入れられたことも大きい。

“品女”は、2000年前後にティーン誌恒例の読者投票による制服人気ランキングで、“渋女”こと渋谷女子高(1999年に渋谷教育学園に校名変更し共学化)と2トップに君臨。今の女子高生におしゃれだと思う制服を聞くと「ブレザーならどこでもかわいい」という声も多い中、「品女!」指名も目立った。


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