●国民とマスコミを馬鹿にする政府と政権に加担する大手メディア

 このように考えて来ると、読者には、また新たな疑問が湧いてくるだろう。1ページの英語を読めばすぐに気が付くにもかかわらず、また、海外メディアが「FTA」と伝えているにもかかわらず、何故、日本の大手メディアは、一斉に「FTA回避、TAG交渉で合意」という報道をしたのだろうか。明らかな誤報を全社が揃ってしたのは驚きではないか。

 しかし、実は、こんなことはこれまでもたびたびあった。記者のレベルが低いことに加え、記者クラブにどっぷり浸かって、政府の大本営発表だけを聞いて、裏取りもせず垂れ流す御用広報機関に成り下がっているのが大手ディアの現状なのだ。しかも、安倍総理への忖度もいまだに蔓延している。

 ちなみに、IWJは、英語版にはTAGという言葉がないということをおそらく一番早く報じている。記者クラブ制度に安住している大手メディアと違い、自力で取材するネットメディアだから、真実に迫ることができるのだ。

 今回の「TAG」捏造は、もちろん、安倍政権のやったことである。しかし、9月26日に行なわれた安倍首相の内外記者会見での日本メディアとのやり取りを見ていると、実は、日本の大手マスコミもその共犯ではないかという疑いも出てくる。

 官邸ホームページの会見録によれば、日本のメディアでは、NHKと産経の2社だけが質問を許されている。そのうちの最初の質問はNHKだ。質問は二つ。まず、通商問題でTAGの先にはEPA(経済連携協定)やFTAがあるのかと聞き、次に帰国後の内閣改造人事について聞いた。安倍総理は、これに対して、「今回の、日米の物品貿易に関するTAG交渉は、これまで日本が結んできた包括的なFTAとは、全く異なるものであります」と宣言し、次に人事について、内閣改造でその土台は変えないとして、麻生副総理、菅官房長官らの留任を明言したのだ。明らかに、通商では、「FTAではなくTAGである」と書くように記者を誘導し、その他に人事で大きなニュースを与えて、一面でこれを書かざるを得なくさせ、通商のウェイトを下げようという狙いだ。さらに、NHKに続いて質問を許されたのは、産経で、質問は北朝鮮の問題だった。

 この質疑の流れを見ていれば、質問は官邸側のやらせだったという疑いさえ出て来る。
 この会見の結果、安倍総理の思惑通り、日米首脳会談に関する第一報は、「自動車追加関税回避、(FTAではなく)TAG交渉入り決定」ということでほぼ全社の見出しが揃った。
 事実上のFTAではないかとの疑いを書く社もあったが、あくまでも「疑い」であって、そもそもTAGなど存在しないと書いた社はなかった。

●米国の調査報道と日本の御用報道機関の違い

 このコラムを書く直前に、アメリカのニューヨークタイムズが、トランプ大統領の脱税疑惑のスクープを報じた。10万ページに及ぶ膨大な資料を読み解き、関係者に取材したうえでの報道だというから、その執念には驚くばかりだ。調査報道の鑑だと言ってよいだろう。

 その調査報道が、日本ではほとんど姿を消してしまった。

 それだけではない。日米首脳会談という重要なイベントで、最も重要な共同声明、それもわずか1ページ前後の「正文」である英語も読まず、さらに、米側発表の日本語版も読まずに、政府の発表した文章と総理の会見での言い分だけを鵜呑みにして報じる。こんなメディアを「報道機関」と呼ぶことができるのだろうか。

 おそらく、私がこういう指摘をしても、大手メディアは、安倍忖度と過ちを認めないという従来の特性を発揮して、「誤報」を認めることはないだろう。

 先週は、貴乃花事件で記者クラブの問題を取り上げたが、今回も日本の大手メディアの深刻な状況を書かざるを得なかった。

 国民を欺く政府と御用報道機関を持った国民が、民主主義を守るのは本当に難しいことだ。今回の大誤報事件は、日本の民主主義の危機への警鐘として受け止めるべきではないだろうか。

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古賀茂明

古賀茂明

古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など

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