“カット打法”で大きな話題となった花巻東の千葉翔太 (c)朝日新聞社
“カット打法”で大きな話題となった花巻東の千葉翔太 (c)朝日新聞社

 今年で100回大会を迎える全国高校野球選手権。これまで多くのドラマを生み、名選手を輩出してきた。PL学園で甲子園通算20勝をマークした桑田真澄、13本塁打の清原和博や春夏連覇を決勝戦のノーヒットノーランで締めくくった松坂大輔などはまさにその代表格と言える。しかし、彼らのように超高校級の実力を持ち、プロの世界でも大活躍した選手以外にも甲子園の大舞台で一瞬の煌きを放った選手も多く存在している。そこで今回は、そんな記録ではなく記憶に残る球児を振り返ってみた。

「甲子園は清原のためにあるのか!」

 これは1985年のPL学園と宇部商の決勝戦で清原が2本目のホームランを放った時に生まれた名実況である。この実況と並ぶ名セリフが生まれたのが今から10年前、2008年の第90回大会のことだった。

 前年春の選抜で田中健二朗(現DeNA)を擁して優勝するなど、4季連続で甲子園出場となった常葉菊川(静岡)。この大会は初戦から接戦続きとなったが、重要な場面で好守備を連発したのがセカンドの町田友潤だった。3回戦の倉敷商(岡山)戦では岡大海(現日本ハム)らの強烈な打球を好捕。準々決勝の智弁和歌山(和歌山)戦では11点差から3点差まで詰め寄られた9回ノーアウト一塁の場面で3番・勝谷直紀の強烈な打球をとっさに下がりながらさばき、見事に併殺を完成させて流れを切ってみせた。

 準決勝でも町田の守備は冴えわたり、浦添商(沖縄)に9-4で勝利。そして決勝の大阪桐蔭(大阪)戦、2回の守備で立て続けに難しいゴロをさばいた時に「セカンドに打ってしまえば望みはありません」というセリフが生まれた。結局この試合はエースの戸狩聡希が故障を抱えての登板だったということもあって0-17で大敗して常葉菊川は準優勝に終わったが、町田の守備は『甲子園史上最高のセカンド』とも称され、多くの高校野球ファンの間で記憶に残ることとなった。

 意外な選手が大活躍を見せるのも甲子園の醍醐味であるが、その代表格と言えるのが2000年の第82回大会で準優勝を果たした東海大浦安(千葉)のエース・浜名翔だ。「エース」と言っても浜名の背番号は4。本来のエースであった井上大輔が千葉大会の開幕前に故障し、急遽投手を任せられた「急造エース」だったのだ。しかしこの大会、浜名のピッチングは冴え渡る。

 初戦では、超高校級サウスポー・神内靖(元ダイエー・ソフトバンク・横浜)擁する延岡学園(宮崎)と対戦したが、息詰まる投手戦を2-1で制して東海大浦安に甲子園初勝利をもたらすと、続く日大豊山(東京)との試合でも3安打2失点で完投。準々決勝でも横浜(神奈川)を相手に3安打1失点に抑え込んで勝利し、この活躍で背番号4のエースは大会の顔となった。

 浜名の武器はサイドスローから投げ込むシュート。以前と比べてシュートを操る投手は少なく、まだツーシームも一般的ではなかった時代ということもあって、強豪校の打者たちを面白いように手玉にとったのだ。決勝戦では連投の疲労もあって智弁和歌山の強力打線の前に屈したが、今でも背番号4のエースの快投は色あせることはない。

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西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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