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「難治がん」の記者 無信心の私が「宗教の存在が無意味ではない」と思う理由

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

がんの精密検査を受けていたころ、つかの間の幸運を感じて撮影した車のナンバー。2016年2月10日、福島市内

がんの精密検査を受けていたころ、つかの間の幸運を感じて撮影した車のナンバー。2016年2月10日、福島市内

 うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。45歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は宗教について。

【野上さんが撮影した「7」続きのナンバー】

*  *  *
 駅のホームで線路の上を見上げると、白いものがちらついた。

 灰色の石垣を背にした2匹のモンシロチョウが、風に吹き上げられては落ちる木の葉のように、互いに上下し、左右に流されていた。

 風景はそよとも動かない。だが私が風を感じないだけで、体重0.1グラムの体には空気の揺れすら突風になるかもしれない。

 ふと思った。彼らは羽ばたきの何割をコントロールできているのだろう? こっちにひらひら、あっちにひらひらと漂うだけで、どんな軌跡を空間に描くか、自分で決められないのではないか。

 これに対し、十割とは、目指す先へと一直線に等速で進んでいくことだ。時に突風が吹き付けることがあっても、やがて直線上に戻り、また羽ばたきだす。そこに人の生き方の理想をみる。

 ホームには人があふれていた。東南アジア系とみられる留学生たちが顔を突き合わせ、笑い声を上げていた。将来の夢と今を結ぶ直線上にいるのだろうか。そして、それを眺めている自分は――。

  ◇
 数日後。私は羽ならぬ両手をバンザイして、病院のCT検査の台に寝そべっていた。右腕に太い注射針を刺された姿は、まるでピン留めされた昆虫標本のようだ。

 注射針から造影剤が流れ込むと体がカッと熱くなる。

「息を吸って。止めてください」

 いつもの男性の音声に、スーッと息を止めながら考えた。

 目いっぱい吸ったほうが肺が広がり、体内がよく映るだろうか。が、映りすぎて小さな病変が見つかるのは嫌だ――。

 それが見つかるとしたら、今使っている抗がん剤に耐性ができ、すでに効かなくなっている証しだ。「言霊ではないが、悪い事態を思い浮かべたら現実になってしまいそうだ。考えないことにしよう」。そんな誘惑にかられる。


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