ドラマについてはこんな印象をもったという。

「世間で『春の波濤』は貞奴と音二郎、福澤桃介と房子の四角関係を描いたドラマと言われていましたが、風間(杜夫)さん演じる桃介と、僕の音二郎のわだかまりはないんですよ。すべては貞奴のみぞ知るというか(笑)。でもテレビを観ている人はすごい関係だと思っていたみたいですね。今思うとNHKがやらないようなドラマの内容でもあり、珍しい大河ドラマだったのかもしれないですね」

 しかし、出演者の熱演や制作陣の奮闘の甲斐なく平均視聴率は18.2パーセントと苦戦した。問題も起きた。

 本作は杉本苑子「冥府回廊」「マダム貞奴」を原作としているが、「女優貞奴」の著者山口玲子が自著からのせりふなどの盗用があるとして著作権侵害でNHKと脚本担当の中島丈博らを提訴したのだ。最終的にはNHK・中島側の勝訴で結審するが、日本人が好まない裁判での決着という負のイメージは免れなかった。前作「山河燃ゆ」でも日系米国人による問題提起があり、局内からは「大河近現代史」路線に対する危惧の声が聞かれるようになった。

 放送評論家鈴木嘉一氏の労作「大河ドラマの50年」(中央公論新社)の中で、「大河近現代史」路線を推進していた当時の放送局長だった川口幹夫のコメントが紹介されている。

「当初は五、六年は続けるつもりでした。しかし、第一作の『山河燃ゆ』が日系アメリカ人に批判され、苦難のスタートを切りました。いきなり強烈なアッパーカットを食らった感じです。次の『春の波涛』でもトラブルが起きたうえ、それほど人気を呼ばなかった。時代劇は歴史のロマンを感じさせるが、近現代史はまだ生々しさが残る現実なんですね。現場から『時代劇に戻りたい』という声が上がり、三年で区切りをつけました。でも、思い切って冒険をした意味はあったと思う。日曜夜八時台に求められているものは何か、改めて確認できたからですよ」

 34年前、当時としては実験的ともいえる冒険をした「近現代大河ドラマ」の「春の波涛」での明治が、「いだてん」ではどのように描かれるのか。また、平成最後の年の大河がどう受け止められるか興味が尽きない。(植草信和)

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植草信和

植草信和

植草信和(うえくさ・のぶかず)/1949年、千葉県市川市生まれ。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。

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