楽器を練習するという参入障壁が低くなった現在、ミュージシャンのアイデンティティーの在り方は変化していることでしょう。人のアイデンティティーは内面から自然発生的に生まれてくるのではなく、外部環境に多分に影響されるからです。ただし、音楽であれば、それでも「生音に限る」というような個々人の嗜好性は尊重されます。

 一方の医学は、サイエンス。習得に時間を要した技術であっても、新しい医療機器での診断や治療の成績が勝ることが判明すれば、潔くそちらを優先しなければいけない分野です。 

 2016年には、膨大な医学論文を学習したIBMの人工知能(AI)「ワトソン」が、診断が難しい白血病のタイプを10分で見抜き治療に貢献したことが大きなニュースになりました。

 そんな未来には、内科のドクターは診断をAIに任せ、その治療法などについての「相談」の役割が増してくるように思います。なぜなら治療法の選択は定量化できる指標だけを用いるわけではないからです。

 例えば、こんな場合。

 治療法Aは5年生存率52%。治療期間は長く、すごく痛くて苦しい。治療法Bは5年生存率48%。治療期間は短く、体の負担はほとんどない。

 どちらを選択するかは最終的には個々人の判断です。しかしそれを全て一人で決められる人はやはり少ない。定量的な数値の比較でしかない生命保険ですらネット販売より対面販売が多いように、人は相談者を必要とするのです。

 そんな時代になれば多忙を理由に患者と向き合うことを避けてきた医師は淘汰されてしまうでしょう。

 今後、AIは業務効率を上げるための補助ツールとして、どんどん活用されていきます。そして医師は効率化によって浮いた時間を患者と向き合うことに充てる。技術革新が医師本来の理想であった「病気ではなく人をみる」の時間を作る。こんな未来がすぐそこまできています。

 また外科医の分野でも、「手術がうまいこと」が今後は「求められる能力の一つ」に相対化されていく可能性があります。「ダヴィンチ」に代表される手術支援ロボットの進歩は外科医の能力で差がつく分野を狭めていくことでしょう。「神の手」が輝く領域は手術ロボットの台頭で減っていくのです。

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