「九州から3人職人さんが来て駅を作っていて、私もその手伝いで材料を運んだりしたんですよ。それまでは街に出るのもバスしかなくて、三江線ができて便利になりました」

 だが、松島さんのように三江線を定期的に利用している住民はやはり少ないようだ。宇津井駅近くに住む70代の農業男性は、

「廃止は寂しいね、列車が来るのを時計がわりにしてたから。子どもが高校に通ったり親が三次に買い物に出たりするときは使っていたこともある」

 だが、この男性自身は、

「車を使っていたから、ほとんど乗ったことはないね」

 宇都井駅から2駅の口羽駅(島根県邑南町)近くに住む男性は、「三次に行くのも車だし、現実を見たら全然乗る人おらんしね」。やはり付近に住む60代女性は、「三次の病院に行くのもバスが便利ですし、鉄道は使いませんね」とあっさり。潮駅(島根県美郷町)近くの温泉施設の支配人(60)も、

「三江線を使って温泉に来る人はほとんどゼロですね。私も1回しか乗ったことがない。むしろこんな辺鄙なところによく鉄道を引いてくれたと感謝していますよ」

 宇都井駅近くを取材していた12時過ぎ、汽笛のような音が駅舎付近から聞こえてきた。時刻表上は一本の列車もこない時間帯。幻聴かと思って116段の階段を駆け上ってみると、そこに止まっていたのは島根県の伝統芸能「神楽」にちなんだラッピング列車。いま、三江線は廃線を惜しみ全国から訪れる観光客や「この機会に乗っておこう」という住民で乗客が急増し、時には臨時の団体列車も走っているという。確かに記者が見た列車の車内は昼間から楽しげな酒宴が行われている様子。まさに、最後の三江線バブルだ。だが、存続活動にかかわってきた地元関係者は、「もっと前から利用をしてもらっていれば廃止にならなかった。今更、という思いもありますね」と率直な気持ちを口にした。

 沿線最大級の駅、石見川本駅(島根県川本町)を訪れた。駅舎で時間をつぶしていたという地元の小学生女子は、

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