将棋界の貴族・佐藤天彦名人が、今年もっとも輝いた男たちを称えるGQ MEN OF THE YEAR 2017を受賞した。そんな活躍の背景には、勝ち負けが自らの価値を左右するという、過酷な将棋界で生きてきたからこそ生まれた独自の考え方があった。著書『理想を現実にする力』でも明かした、新世代の棋士の頭脳を紹介する。

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 プロになってから数年間、私はなかなか将棋で結果を出すことができませんでした。そんな時期、自分にノルマを課して、追い込むような研究をしたこともあったのですが、とても長時間集中することができず、長くは続けられませんでした。

 そんなこともあって、プロ棋士になった当初、そして名人になった今でも、強く意識するようになったことがあります。それはとにかく自分が夢中になれること・心地いいことを大切にしよう、ということです。

 たとえば結果が出なかったときに好んで行っていたのは、棋譜並べという過去の将棋を自分の盤で再現する勉強法です。大山康晴、升田幸三、中原誠、羽生善治、谷川浩司といった、「この先生なら間違いない」という棋譜ばかり並べていました。

 棋譜並べというのは、その棋士が持っている個性や良さを吸収して、自分のものにするために、たくさん数をこなす必要がある。だから一、二局を並べてどうということではなく、長期的な視点で取り組む必要があります。ようは、短期的な結果を出すことに結びつきづらいのです。

 こうした、「すぐそこの勝利」にはつながらない可能性が高い研究を続けたのは、詰まるところ「夢中になれたから」の一言に尽きるでしょう。偉大な先人たちの思考に深く深く潜り込んでいき、時に彼らの指しぶりに圧倒され、時に対話する。その時間は替えがたいひとときなのです。
 私は、努力に比例した見返りが必ずあるという考えは持っていません。人間というのは「自分がこれだけやったんだから」と、どうしても見返りを求めてしまうところがあると思います。人間関係でも仕事でもそうでしょう。

 でも、見返りを求めない癖をつけておくほうが精神的にはきっと楽なはずです。

 だってその相手は、「こうしてください」と私にお願いしてきたわけではない。結果を神様が約束してくれているわけでもない。こちらが勝手にやっていることです。

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