T-BOLANの森友が東日本大震災の医療ボランティアに参加、復活を誓う (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

T-BOLANの森友が東日本大震災の医療ボランティアに参加、復活を誓う

このエントリーをはてなブックマークに追加
神舘和典dot.
森友嵐士さん(撮影/写真部・小原雄輝)

森友嵐士さん(撮影/写真部・小原雄輝)

T-BOLAN(撮影/写真部・小原雄輝)

T-BOLAN(撮影/写真部・小原雄輝)

 2017年8月16日、T-BOLANが本格的に始動する。『T-BOLAN~夏の終わりにBEST~ LOVE SONGS+1&LIFE SONGS』をリリース。その復活について、バンドのフロントマンでヴォーカリストの森友嵐士に話を訊いた。

【復活したメンバー全員の写真はこちら】

「T-BOLANの再始動のきっかけを作ってくれたのはバンドのベーシスト、上野博文です。2015年に上野はくも膜下出血で倒れ、奇跡的に生還しました。バンド4人で行った2016年12月31日のカウントダウン・ライヴで、僕たちは感極まった。涙をこらえること精一杯でした。客席もものすごく喜んでくれた。それがT-BOALNの新たなスタートになりました」

 T-BOLANは1991年7月にメジャーデビュー。1995年に森友が因性発生障害になり活動停止。1999年に解散した。森友が声を取り戻したのは2009年。ソロで復帰し、2012年にはT-BOLANとして、B.B.QUEENSやDEENとツアーを行った。

「僕は大学時代1年間だけ、医学部に籍を置いていた時期がありまして。2011年の東日本大震災の時に、当時の大学の先生たちと医療のボランティアで被災地を訪れました。音楽とは直接関係ない僕個人としての活動ですけれど、正体がわかってしまうことがあり、リクエストに応じて、ア・カペラで歌ったこともありました」

 歌うときまって訊かれた。

「T-BOLANは復活しないんですか?」

 被災地という特別な環境だったから、ファンと直に接することになり、T-BOLANがどれほど求められているかを知った。

「解散していた時期に、メンバーが楽器持参で山中湖に集まって3日間合宿したこともあります。バンドの音は、やっぱりいいんですよ。4人でなければ出せない響きがある。だからといって、すぐに復活して活動を継続していくのは難しかった。解散から年月が経っていて、メンバーそれぞれ新しい生活をしていましたから」


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい