「イチローは自分には何が必要なのかをしっかりと理解し、丁寧に準備をする選手なんだと感じた。そのメニューは長い過程を通じて確立されていったもの。ストレッチの方法、ウエートトレーニングの負荷のかけ方、スイングの時間、スイングの数……すべてを時間をかけて学びながら、自身の力を最大限に発揮するシステムを作り上げていったんじゃないかな」

 36歳のベテラン外野手も感嘆したイチローのルーティンとは、ざっと以下のよう―――。本拠地でのナイトゲームでは、午後3時に球場入り。着替えなどの身支度をすませると、クラブハウスのロッカー前に寝転んでストレッチを開始。打撃ケージで打ち込みを行うと、自ら9台も持ち込んだマシーンで筋力を鍛え、それが終わると再びストレッチで体をほぐす。

 6時15分から再びマシンを相手に打撃練習に入る。そこまでやり終えて、試合前のトレーニングは仕上げとなる。これだけの量を連日こなしているメジャーリーガーは、イチロー以外にほとんどいないのではないか。

 もちろん“練習量が豊富だからメジャーで長くプレーできている”と、ここでシンプルに結論付けてしまうつもりはない。根底にスキルが必要なのは当然。今季も従来のルーティンは保っているに違いないが、前半戦では打率.220と低調だった。打撃力に明白な衰えが感じられる今、このままいけば、来季以降に新たな契約を得るのは難しくなるかもしれない。

 ただ、ここまでのキャリアを振り返りったとき、イチローの丹念な準備がその息の長さに関係していたことはまず間違いあるまい。ハイレベルのスキルを持った稀代のヒットマシーンは、飽くなき努力を続けてコンディションを保ち続けた。年齢を重ねるにつれて、アジャストメントしていった。それゆえに、43歳の今までメジャーでの活躍が可能になったのだ。

「もちろん長いシーズン中には彼にだって疲労を感じたり、どこかに痛みを抱えた時期はあったはずだ。そんな状況でも、常にプレーができるだけの状態を保っていたことは何よりも感心する」

 グランダーソンも今季がメジャー14年目というスター選手だが、それでもイチローを語る際には別次元のものを見るような表情だった。そんなベテランはメジャーには数多く存在するに違いない。いつかイチローが現役を離れた後、打ち立てた数々のヒット記録とともに、その丹念な準備もメジャーで長く語り継がれていくのではないだろうか。(文・杉浦大介)