「テニスってこういうもんだよな……って気持ちもあった。1回戦負けが久しぶりだったのでなおさら落ち込んだし、でも、そんなに深く考えることでもないよなと思っている自分もどこかに居た」。

 それが今から1年半前、早く終わった夏に取り残された彼が、一人で抱えた想いだった。

 なおその後の彼は、直後のデビスカップで2連勝し日本を勝利に導きショックを払拭したかに見えたが、10月の楽天ジャパンオープン準決勝で、全米で敗れた因縁の相手であるブノワ・ペールに逆転負けを喫する。そこからは再び、やや「モヤモヤした」2大会を過ごすが、トップ選手のみが集う11月のツアー最終戦では、本人も納得のパフォーマンスを発揮した。

 1年半前の敗戦後に直ぐにIMGアカデミーに戻り、失意を深めたその経験があったからだろうか。今回の錦織は、リオから自宅への帰りを遅らせたようだ。そして次に向かう戦地は、北米のカリフォルニア。約10日後には、グランドスラムに準ずる規模の大会“BNPパリバ・オープン”が開幕する。

 今の錦織にとって、次の大会がインディアンウェルズというのは好都合かもしれない。この大会は彼が本来得意とする北米ハードコートではあるが、跳ねすぎるサーフェスと飛びすぎるボールをやや苦手とするため、最高戦績は昨年のベスト8。その苦手意識が、自身への過度な期待を消し、余計なプレッシャーを取り払う可能性があるだろう。同時に、トッププレーヤーが集うこの大会ならではの緊張感と、高揚感も当然ある。モチベーションは、自然と上がっていくはずだ。

 何度も繰り返しになるが、最後に初戦敗退を喫して以来、彼は1年半もの間、常に2回戦以上に勝ち進んできた。果たして今回の彼は、この“事件”からいかなる道を進んでいくのか――?

 それを見られるのは、また贅沢な楽しみでもある。(文・内田暁)