ムルマンスクの市章はオーロラと魚と船。その夜粘ったがオーロラは見えなかった
ムルマンスクの市章はオーロラと魚と船。その夜粘ったがオーロラは見えなかった

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版、「世界の空港・駅から」。第9回はロシアのムルマンスク駅から。

*  *  *

世界最北端の鉄道駅である。ロシアのムルマンスク駅。北緯68度58分。今年(2016年)の3月、僕はこの駅の前にいた。

 ユーラシア大陸の最南端駅から最北端駅に列車で向かうという旅の、終着点がこの駅だった。しかしこの駅を最北端というには、ふたつの注釈を加えないといけない。「一般乗客が利用できる駅として」と「おそらく」である。

 実はこの駅から北西に向けてまだ線路は延びている。しばらく前まで、最北端駅は、その路線にあるニケリムルマンスキー駅だった。

 その日、ムルマンスク駅に着いたのは夜だった。翌朝、再びムルマンスク駅に向かう。日が射したかと思うと、10秒後には雪が舞うという北極圏らしい天気だった。雪の道をとぼとぼ歩いた。薄暗い駅の構内の小さな発券窓口の前に立つ。

「あの……ニケリムルマンスキー駅までは?」

「列車の運行はありません。バスだけです」

 僕はリターンが決まった錦織圭のように握りこぶしに力を込めた。

「これで列車旅は終わった」

 最南端のシンガポールから約1万9000キロの列車旅だった。

 しかし最北端駅と断言できるか……となると自信がない。現時点でのユーラシア大陸の最北端駅であることはわかったが、世界となると、「おそらく」をつけなくてはいけない。日本には、最北端駅という言葉にシビアーな鉄道ファンがかなりいる。その俎上(そじょう)にさらされなくてはならない。北極圏に敷かれた線路は何本かある。そこを一般客が乗ることができる列車が走る可能性もあった。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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