しかも特別顧問に任期はなく、“終身顧問”として、「個室」「車」「秘書」の3点が一生涯付く。「無報酬の名誉顧問とは異なり、報酬も出る。90歳を超える御大もいれば、車椅子で通勤してくる人もいる」と元BTMU役員は明かす。

 ちなみに、BTMUが誕生して以降の頭取は三菱銀行出身者が独占してきた。9階に個室を持つ特別顧問も全員が三菱銀行出身。三和銀行出身など“外様”の特別顧問は、旧東京銀行本店の日本橋別館に追いやられているというから、三菱のしたたかさには舌を巻く。

●「三菱」の冠に固執する有力OBが平野会長と行名変更で暗闘

 BTMU内では今、OB会を牛耳る9階の権力者と平野会長との間で暗闘が繰り広げられている。

 5月に発表されたBTMUの行名変更をめぐっては、平野会長は「MUFG銀行」にする方針だったが、「三菱」の名前を外すことにOB会が大反発。結局、「東京」を外して「三菱UFJ銀行」に変更することで落ち着いた。

 BTMUではトップ人事にもOB会の意見が反映されながら、早い時期から候補者が絞り込まれ、「頭取学」を学ばせていく仕組みが定着していた。

 金融庁は経営陣の意思決定を阻害する元凶として、こうしたOB会による実質的な「院政」をかねて問題視していた。

 そんな中、京都大学・国際畑という傍流出身である平野会長は改革の一環として、東京大学・企画畑が中核を占めるOB会の力の源泉となってきた、相談役・特別顧問制度の廃止までも検討していたとされる。

 慌てたのが、自らも東大・企画畑の保守本流を歩んできた小山田前頭取だ。平野会長がやろうとしている改革は、自らを引き上げてくれたOBに弓を引く行為だった。

「平野さんが進める改革は方向性として正しいけれど、当事者としてOBなどと難しい調整を強いられた小山田さんは憔悴し、精神的に追い詰められていった」とBTMU幹部は打ち明ける。

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