日経が電子有料版で他社に差をつけているのは、就活生は必読と言われるような「日経」ブランドと、購読者層の世帯年収が高いこと。もっともこれは国内だけでの強みであったが、グローバルなブランド力と、日経と同じく世帯年収の高い購読者層を保持しているFTと組むことで、さらに他社との差を広げたようにも見える。

 こうなると、競合他社はうかうかしてはいられない。確かに、デジタルビジネスを軸として、グローバルなライバルと覇権を競おうとするオールドメディアの離合集散が、今後起きないとは言い切れない。しかし、筆者の周囲やネット上では、「こことあそこの会社が組めば、日経・FT連合に勝てるのではないか」といった、具体性や根拠のない憶測ばかりが語られている。

 紙メディアを震源地として、まことしやかに語られる「メディア大再編」は、本当に起きる可能性があるのか。識者への取材から占ってみよう。

●メディアにとって買収は国際発信の足がかりにならない?

 まず、今回台風の目となった日経にとって、FT買収はどれほどの追い風になるのだろうか。今回の買収のメリットについて、「主に既存顧客に対してのサービス強化ではないか」と話すのは、社会学者で『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)などの著書を持つ西田亮介氏だ。

「日経は電子版の購読者数でも有償化でも成功していた。既存顧客にさらにサービスを強化して、国内での競争を勝ちに行ったと言えるだろう」(西田氏)

 しかし、これが「国際発信への足がかり」になるかは疑問という。もともと日本国内の新聞社は、発行部数に関しては世界的に見ても非常に多い。その一方で、世界的な認知度は発行部数に比例していない。

「2011年時点で、世界の新聞発行部数ベスト5中、3位以外は日本の新聞。その一方で非常にドメスティックであり、世界的な存在感を示すにはほど遠い。FTの買収は一見グローバル展開を目指すものに見えるが、編集権の独立を明確にしていることだけを取ってみても、日本からの国際発信が強化されるものとは言えない。それほど容易なものではないだろう」(西田氏)

 また、メディアの価値向上策としては、買収は疑問でしかないと語るのはネットニュース編集者の中川淳一郎氏。

「FTのブランド力に疑問はないが、今なぜテキストに強い会社を日経が買収したのかがわからない。たとえば、日本語のコンテンツは日本語を理解する人にしか役立たないし、日本人は英語ができない人も多いので、英語のコンテンツはそのままでは読まれない。(語学的限界のある)テキストコンテンツよりも、今デジタルメディアで求められているのは動画コンテンツ。グローバル展開というのであれば、FOXニュースと提携して面白い動画をもらう方が良かったのでは」(中川氏)

 共通するのは、少なくとも日本のメディアにとって、買収は国際的な発信力を目指すものとしては疑問、という意見だ。また日経のように、デジタルビジネスにおいてすでに一定以上の実績を有するメディアはまだしも、そうでないメディアは、そもそも国内でも海外でも、将来性のある企業からは相手にされない可能性が高い。

●読者目線とスピード感の強化 ネットで勝てるメディアの条件

 もう1つ、多種多様な媒体の情報が混在するネットに新聞が大きく軸足を移しても、彼らが運営するニュースメディアだからと言って、必ずしも優位に立てるわけではないという現実もある。もちろん情報の信頼度では新聞社が勝るものの、SNSなどにおける「拡散力」だけを見れば、運営会社がどこかもわからないようなまとめサイトに、簡単に負けてしまうこともあるからだ。

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