『あまちゃん』で小泉今日子が演じた天野春子は、アイドルになろうとして故郷を離れ、挫折した過去を背負っています。おニャン子クラブがブレイクした影響で、1980年代なかばのアイドル界は「素人の時代」でした。その状況に、プロ意識にこだわる春子はなじめなかった、という設定です。

 普通の女子高校生がクラブ活動としてアイドルをやる――それが、おニャン子クラブのうたい文句でした。その人気に、小泉今日子のスタッフは危機意識を抱いたようです。既存のアイドルも大胆なしかけをしなければ対抗できない――そういう判断の下(注4)、『なんてったってアイドル』が小泉今日子に与えられました(この曲のリリースは、おニャン子人気がピークだった1985年11月です)。

『なんてったってアイドル』は歓声をもってむかえられ、小泉今日子は「アイドル」を越えた「カリスマ」になりました。しかしこのことは、「アイドル歌手」という存在に致命的なダメージを与えました。おニャン子の登場によって、「アイドル歌手」は「誰でもなれるもの」とみなされはじめていました。そんなときに、「アイドル歌手」は虚構だと、トップアイドルだった小泉今日子自身がアピールしたのです。「アイドル歌手」への屈折ないあこがれを、大衆が抱けなくなったのは当然でした。

『なんてったってアイドル』の作詞を手がけたのは、秋元康。おニャン子クラブを世に送り出した当人です。「アイドル歌手」の命脈を絶った「主犯」が彼であることは間違いありません。

 その秋元康は現在、AKB48をプロデュースし、「地元密着型アイドルグループ」を発展させています。みずからの手で焦土と化したフィールドで、新しい芽を育てているわけです。

『あまちゃん』には、あからさまに秋元康を意識したキャラクターが登場します。秋元康にあこがれ、多くのアイドルを生みだしたプロデューサー・荒巻太一です(作中では「太巻」と通称で呼ばれています)。

 太巻は春子に、音痴の女優・鈴鹿ひろ美の歌手デビュー曲の吹き替えを依頼します。これを引き受けたせいで、春子が歌手として表に出ることは決定的に不可能になります。春子自身の歌が世に広まったら、鈴鹿ひろ美の「本物」であることがバレるからです。

「本物」であるせいで夢をかなえられなかった春子。それを演じる小泉今日子は、実世界ではみずからが「虚構」であることを宣言して「カリスマ」の座に就いた経歴の持ち主です。つまり、「自分の裏がえしのキャラクター」に、『あまちゃん』の小泉今日子は扮しているわけです。

 しかも、春子の娘であるアキは、太巻がプロデュースするGMTというアイドルユニットに加入します。ネーミングからもわかるとおり、GMTはAKBをモデルとしています。小泉今日子は、秋元康とともに「アイドル歌手」を終わらせた当事者でした。そういう彼女の演じる春子が、秋元康が新しく生みだした「地元密着型グループアイドル」に娘を参加させる――現実世界の「歴史」を「借景」にすることで、『あまちゃん』はその魅力を何倍にも膨らませています(注5)。

『あまちゃん』が現実世界から引用した「背景」はそれだけにとどまりません。いうまでもなく、もっとも重要なそれは「震災」です。このドラマでは、「東日本大震災に襲われた東北の街」を描くことが放映開始前に決まっていました(注6)。企画が走りだした段階で、「復興」と正面から向きあう覚悟が作り手たちにあったのです。

 事実、『あまちゃん』の結末では、おもな登場人物たちがそれぞれ「震災からの復興」とかかわりながら「再生」を遂げます。

 ヒロインの天野アキは、小泉今日子演じる春子のひとり娘です。東京での「アイドル修業」を経て、震災後、北三陸市の海女クラブの二代目会長となります(初代会長はアキの祖母・夏)。親友ユイと結成した地元アイドルデュオ・潮騒のメモリーズも、最終回で復活させます。

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