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こどもの城は、未来を育てる場所なのに

文・中島かずき

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 今から25年ほど前になるでしょうか。青山円形劇場は、憧れの劇場でした。
 円形の舞台の周りをぐるりと客席が取り囲むという、ほかにはない構造が特色の劇場です。
 当時、円形劇場では青山演劇フェスティバル、通称演フェスと呼ばれていた、小劇場のフェスティバルが毎年開催されていて、遊◎機械/全自動シアターなど、ここに参加した劇団は注目され一気に動員を増やすことが多く、若手の登竜門といった趣がありました。
「新感線もはやく演フェスに呼ばれるようになりたいね」と、いのうえひでのり達と話していたものです。
 大阪の小劇団だった新感線が東京進出して一年ほどして、演フェスに声がかかった時は本当に嬉しくて、「鉄鋲打ってゴリゴリのヘビメタの衣装着た連中がローラースケートでグルグル舞台を回るんだ」「巨大な龍戦車も出そうぜ」と、気持ち的には代々木体育館進出のようなイメージで挑んだものです。
 演目は『スサノオ 神の剣の物語』。
 定員300人くらいの劇場ですから、もちろん代々木体育館よりは遙かに小さいのですが、気合いだけは十二分で臨んだこの芝居は幸いなことに好評で、これをきっかけに東京の演劇界でも認知されて、お客さんもグングン増えていくことになりました。
 そういう意味ではとても思い出深い小屋ですし、新感線が今のように大きな劇団になるきっかけを与えてくれた劇場です。

 新感線だけではありません。
 あの頃から今に至るまで、数々の劇団がこの劇場に育てられました。
 前回触れた劇団、本谷有希子の『遭難、』も初演は青山円形劇場でした。
 360度どの方向からもお客さんから見られるという、この劇場ならではの体験が役者を大きく成長させてくれたとも思います。

 客席が1000人規模の大劇場に新感線が初めて進出したのは、隣の青山劇場でした。
 ホリプロと組んで上演した『西遊記』。初演は新宿のシアタートップスでした。この芝居を見て気に入ってくれた円形劇場のプロデューサーが、演フェスに声をかけてくれたのですから、この縁もおもしろいものです。
 それから何度も青山劇場にはお世話になりました。
 この春に公演した『シレンとラギ』もその前の夏の『髑髏城の七人』もこの劇場でした。
 最近の新感線の常打ち小屋の一つといっても過言ではありません。

 劇場だけではなく、青山円形劇場が入っているこどもの城という施設には、僕の子供達が小さい頃には何度も遊びに来ました。
 表参道と渋谷の中間にあるという地の利の良さも含めて、天気の悪い日に子供を遊ばせる大型施設として、便利に使わせてもらいました。
 家内と子供四人で手をつないで帰っていると、前から知り合いの演劇関係者がやってきて(その人は円形劇場に芝居を見に来ていたのです)、バツの悪い思いをしたことも今ではいい思い出です。

 その青山劇場、円形劇場を含めたこどもの城が閉館するというニュースを聞いて大きなショックを受けています。
 慣れ親しんだ劇場がなくなるということも大きいのですが、都内でも足の便のいい、幼児を安心して自由に遊ばせることができる施設を閉鎖するということが腑に落ちません。
 少しでも子育てをしやすくして、若い世代が子供を作ろうと思える国にしないと、この国の未来は厳しいと思うのですがね。
 閉館の決定がなんとか撤回されないものかと願います。

(更新 2012/10/11 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される