Album Review:グライムス『アート・エンジェル』 いよいよ自身の使命に向き合い始めた新世紀のポップ・アイコン、その最新作の真価は?
Album Review:グライムス『アート・エンジェル』 いよいよ自身の使命に向き合い始めた新世紀のポップ・アイコン、その最新作の真価は?

 11月に配信リリースされ、ビルボードのオルタナティヴ・アルバム・チャートで首位を獲得したグライムスのアルバム『Art Angels』(日本盤CDは12月11日リリース)が素晴らしい。カナダはヴァンクーヴァー出身のグライムスことクレア・エリーズ・バウチャーにとっては通算4作目、4ADから発表され大きな賞賛を浴びた前作『Visions』(2012年)からは3年半ぶりのアルバムとなる。

 DTMソフトのGarageBandを駆使して楽曲制作を行ってきたグライムスは、そのインディー・スピリットを地で行くような手作り感溢れるトラックと、それに似つかわしくない美しく愛嬌溢れる歌声で注目を浴びたアーティストであった。大成功を収めた後に制作された新作『Art Angels』も、大筋においてはこれまで通り、身軽で自由な作風が踏襲されている。いやむしろ、「自由で開放的なインディー・スピリット」をこれまで以上に自覚し、楽曲に落とし込むことで完成したのが今回のアルバムと言えるだろう。

 《誰もが生まれ落ちた場所で死ぬし、私たちは天使のように踊る/あなたの凝り固まった信念や知識を打ち壊すために》(「Belly of the Beat」)。かつて多くのダウンテンポな楽曲の中で一人呟くように歌っていたグライムスは、どこまでも開放的なシンセ・ポップに乗せて、彼女の歌声を高く舞い上がらせている。悲痛な恋の叫びや死生観に苛まれながら、それでも音楽だけはこの上なく楽しげに、天からの贈り物のように鳴り響いている。悪戯な天使のように爆音のノイズやシャウトを織り交ぜながら、無残な現実を前に鳴り響くべきポップ・ミュージックのエネルギーを引き出しているのだ。

 また、先行曲の「Scream」では台湾の女性ラッパーであるアリストパネスによる漢語ラップをフィーチャーしたり、「Venus Fly」では米国でトップクラスのオルタナ・ソウル・シンガーであるジャネル・モネイと共にバウンシーなラヴ・ソングを乗りこなしていたりと、コラボレーションの広がりもこれまで以上に自由度が高い。『Visions』での成功以降、グライムスを求め続けた人々の声は、シーンを俯瞰して気の赴くままにジャンルを横断する、ポップ・アーティストとしての彼女を覚醒させたと言えるだろう。

 天使とは、天上からのメッセンジャーであるばかりではなく、神の戦士でもある。音楽という神からの贈り物をもって、決して穏やかには成りえない愛の現実と戦うグライムスは、いよいよアートの天使として使命に向き合い始めた。2016年1月に東京と大阪で予定された来日公演も、絶対注目である。(小池宏和)

◎リリース情報
『アート・エンジェルズ(Art Angels)』
2015/11/06 RELEASE(国内盤:2015/12/11 RELEASE)
4AD/Hostess
BGJ-1002 2,400円(tax out.)
※日本盤ボーナストラック、歌詞対訳、ライナーノーツ付(予定)