西アフリカ・マリの結婚式で感じた新郎の心意気 <アフリカン・メドレー> (2/3) 〈アサヒカメラ〉|AERA dot. (アエラドット)

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西アフリカ・マリの結婚式で感じた新郎の心意気 <アフリカン・メドレー>

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教会は、建屋に入りきれない参列者であふれていた(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

教会は、建屋に入りきれない参列者であふれていた(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

牧師のもと、互いの愛を誓う(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

牧師のもと、互いの愛を誓う(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

披露宴会場は、教会隣の店「シギ」。新郎が父より引き継いだレストラン・バーだ。参列者であふれる店の中庭。通りを挟んだすぐ向こうには、ニジェール川が流れる(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

披露宴会場は、教会隣の店「シギ」。新郎が父より引き継いだレストラン・バーだ。参列者であふれる店の中庭。通りを挟んだすぐ向こうには、ニジェール川が流れる(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

振る舞われた炊き込みご飯。同席の人々とともに素手で直接いただく(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

振る舞われた炊き込みご飯。同席の人々とともに素手で直接いただく(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

新郎新婦とともに記念写真を撮る人が続く(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

新郎新婦とともに記念写真を撮る人が続く(モプチ・マリ 2016年/Mopti,Mali 2016)

西アフリカ・マリ中部の街モプティ

西アフリカ・マリ中部の街モプティ

 次に、牧師や親族代表をはじめとする関係者の祝辞が続く。登壇者はマリにおける公用語のフランス語で話し、すぐ隣に立つ男性が逐次、ドゴンの言葉に翻訳するという運びだ。新郎と新婦の幸せを願い、この結婚に至ったことを感謝し、そしてマリの平和を願うといったオーソドックスなあいさつだが、話をすべて翻訳しながら進めるため、なかなか時間がかかる。祝辞は1時間以上続いたが、子どもも大人も、飽きてしまったような様子はなく、みな真剣に祝辞に耳を傾けていた。

 そして、牧師の前で新郎新婦が結婚の誓いを立て、指輪を交換。その後、ティテがマリアムのベールをあげ、新婦の顔が初めて列席者に披露された。再び聖歌を歌いながら、ひとりひとりが、新郎新婦に声をかけ、抱擁し、会場を後にしていく。私も、列席させてくれたことに感謝しながら、マリアムに声をかけ、ティテの手を握った。

 ティテの店、シギは教会のすぐ隣にある。教会を出た列席者は、披露宴会場となるシギに場所を移し、振る舞われる酒や食事を、思い思いに楽しんでいた。日本のように、お祝いを包まなければならないというしきたりはなく、かかる費用はすべてティテが負担する。ここぞとばかりにビールを空け続ける輩もいないことはないが、無秩序にはなっていない。私も輪に入り、ビールを飲みながら、振る舞われた炊き込みご飯をほおばった。街中の食堂と比べ、振る舞われたご飯は質素ではあるが、喜ばしいにぎわいとともにほおばる食事は、実際の味以上においしく感じられる。列席者とともに傾けるビールも、格別だった。

 ティテとマリアムの結婚式に参加しながら、モプチの人々の寛容さを思う。

 マリは多くの民族を内包した国だ。ドゴンのほかに、バンバラ、ソンガイ、フラニ、ボゾ、トゥアレグ、プルなど、風習や生活様式の異なる23を超える民族が共存している。異民族間の結婚を認めない習わしも一部には残っていると聞く。結婚式には同族だけが集まるのだろうと思っていたが、私のまわりに座る人々だけでも、さまざまに異なる出自を持つ人々が同席していた。異民族であることを互いに気遣うようなことはない。

 マリにおけるキリスト教徒とイスラム教徒の割合は諸説あるが、私の体感では、だいたい半々ぐらいといったところ。披露宴に参加することはあっても、イスラム教徒がキリスト教会の式に列席することはないのだろうと思いきや、大間違いだった。「いずれの神を信じていようとも、友人は友人、兄弟は兄弟」だと、列席者が教えてくれた。確かに、確かに、普段はメッカに向けて祈りをささげている面々が、教会内のあちこちに見られた。

 紹介状が事前に配られることはなく、会場の受け付けもない。式も披露宴も、広く開かれたものだ。教会や披露宴会場の物理的な許容人数に限界があるため、実際のところは新郎新婦を知る人々が集まることとなっていたが、全くゆかりのない部外者が紛れ込むことも可能だろう。

 実は私は、この日までティテともマリアムとも全く面識がなかった。モプチを拠点に取材を続けている私の意をくんだ現地の友人が、彼らの結婚式が開かれることを知らせてくれたがゆえ、私は彼らの結婚を知り、式に同席するに至ったのだ。

 周りをどれだけ見渡しても、白人もアジア人もいない。肌の色も立ち居振る舞いも明らかに異なる私は、どう見ても極めて異質な存在だ。そんな私を、ティテとマリアムだけでなく、その場の誰もがあたりまえのように受け入れてくれた。現地に暮らす人々と比べれば、私の知り合いは圧倒的に少ないものの、よそ者であることの気まずさや疎外感を抱かせられることはなかった。


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